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オバマ大統領の苦難の8年を助けた書物たち



彼の政策や成果に対して異論がある人でも、オバマ大統領が近年まれにみる言語感覚を備えた、弁舌の人であることは認めるでしょう。

彼の大統領への道のりを決定づけた2004年の党大会におけるスピーチから、大統領選挙において国中を熱狂に導いた “Yes, we can.” の呼び声、そして就任後の一般教書演説の雄弁さは、聞く人の心を揺さぶり、奮い立たせる力にあふれています。

そうした彼の言葉を支えているのは、彼がこれまでに読んできた数多くの書物と、演説の草稿から短編小説までを自らものにする執筆の習慣です。リンカーン大統領以来、オバマ大統領ほど、その人生哲学が読むことと、書くことによって形作られた大統領もいないといわれています。

そのオバマ大統領が、この8年の任期において多忙な毎日の隙間をみつけるようにして読んできた本と、危機に際して精神的支柱にしてきた本について、New York Times の Michiko Kakutani さんがインタビューを行っていました。

混乱やプレッシャーに直面してもぶれない思想をもつことや、膨大な情報をまえにして自分を失わないために、読むことと書くことが果たしてきた役割について、率直な言葉が語られています。

分析的な思考を支える、フィクションの力

高校の頃は退屈だと感じていたのに、成人してその言葉の豊かさに目覚めて、歴史における運命の循環を意識するのに役立った古典として、オバマ大統領はシェイクスピアを挙げます。シェイクスピアのなかには、繰り返される歴史の歯車を意識するヒントがあるのだと彼はいいます。

また、人々が苦難を乗り越えようとしているときにいつも思い出すのはトニ・モリソンの「ソロモンの歌」のような小説であったりします。

その政治的信条には同意せずとも、V・S・ナイポールの「暗い河」の冒頭の一行、「世界はありのままの場所だ。何者にもなれないやつには、そうした状態に甘んじているやつには居場所などない」というシニカルな言葉にあらがうように外交問題にとりくみ、時として彼のいうとおりなのかもしれないという気持ちにさいなまれるなどといったように、オバマ大統領の思考の背後には常に読んできた書物があります。その多くはフィクションです。

大統領が仕事で読むのは、報告書や提案書ばかりですが、そこに人間的な感情の肉付けを行い、自分と異なる意見をもった人々の人生を想像するのに、フィクションは欠かせないとオバマ大統領はインタビュー中で述懐しています。

But this is part of why it was important to pick up the occasional novel during the presidency, because most of my reading every day was briefing books and memos and proposals. And so working that very analytical side of the brain all the time sometimes meant you lost track of not just the poetry of fiction, but also the depth of fiction.

大統領という仕事をしていてときおりフィクションを読まなくてはいけないのは、毎日目にするのはブリーフィングの本やメモや提案書で、脳の分析的な部分ばかりを使っているからなんだ。それだけでは、フィクションのもつ詩情や深さが、自分から失われていってしまうんだ。

しかしときとして、大統領であることから逃れてまったく別の場所にゆくために、劉慈欣の「三体」”Three-body problem” のようなSFや、ギリアン・フリンの「ゴーン・ガール」のようなミステリースリラーも読むのだそうです。

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情報の氾濫のなかで個を保つ

インタビューのなかでとても参考になったのが、どれだけオバマ大統領が「片隅デ書物ト共ニイルトキ」を大切にしているか、それが膨大な情報とストレスに抗する力を彼に与えているのかを感じさせる部分でした。

There’s something particular about quieting yourself and having a sustained stretch of time that is different from music or television or even the greatest movies. And part of what we’re all having to deal with right now is just a lot of information overload and a lack of time to process things. So we make quick judgments and assign stereotypes to things, block certain things out, because our brain is just trying to get through the day.

雑念を払って、ある程度の時間を音楽からも、テレビからも、素晴らしい映画からも離れて過ごす時間をもつことには独特ななにかがあるんだ。そして私たちが直面している問題の一部は、あまりに多くの情報にさらされて、それを処理するために十分な時間をもてないことに起因している。だから私たちは、一日をなんとかやりすごそうとするあまりに反射的に判断をしてしまい、その過程で偏見をもって物事に対処してしまいがちなのだ。

そうしたときに必要なのが、物事を別の視点から、相手の視点から見るための手段です。

先週のシカゴにおけるお別れの演説でオバマ大統領は “To Kill a Mockingbird” 「アラバマ物語」の登場人物、アティカス・フィンチの台詞を引用して、「相手の側に立って考えて、彼の皮膚をまとって歩き回るのはどんな感じなのかというところまで想像しつづけなければ、相手のことは理解できない」と、政治的分断にさいなまれる国に、寛容さを呼びかけました。

そうした想像力も、マリリン・ロビンソンの「ギリエッド」や、コルソン・ホワイトヘッドの「地下鉄」などといったフィクションを読むことを通して得たのだそうです。

And perspective is exactly what is wanted. At a time when events move so quickly and so much information is transmitted, the ability to slow down and get perspective, along with the ability to get in somebody else’s shoes — those two things have been invaluable to me. Whether they’ve made me a better president, I can’t say. But what I can say is that they have allowed me to sort of maintain my balance during the course of eight years, because this is a place that comes at you hard and fast and doesn’t let up.

視点こそが、私の欲しているものだった。物事があまりにすばやく動いていて、情報があまりにすばやくやりとりされるとき、速度をゆるやかにして、視点を得て、他人の靴をはいたように相手の視点に立つことができることは、私になにより重要だった。それが私をよりよい大統領にしたかどうかは、私にはわからない。しかしそうした視点をもつことが、この休まることのない手強い仕事に8年間ついている間、私に精神的均衡を与えてくれたのだ。

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オバマ大統領の一日と、未来

これほどの激務をこなしながら、いつ読書をする時間があるのだろうかというのは、誰もが不思議に思うと思います。

2015年の Business Insider の記事では、オバマ大統領が6時半には家族とともに夕食を過ごし、その後また夜半すぎまで執務を行い、その後眠りにつくまえに30分ほど読書をする習慣があると紹介されています。

とはいえ、先の選挙以来、予想以上に忙しくなったために最近は読書をしていないというオバマ大統領は、退任後はまた読書に、そしてかつて行っていた短編小説の執筆もふくめた執筆活動に戻ることを心待ちにしているといいます。

その一方で、いままさに未来のために書いている若い書き手をつないでゆく活動にも興味をもっているのだそうです。

But one of the things I’m confident about is that, out of this moment, there are a whole bunch of writers, a lot of them young, who are probably writing the book I need to read. [Laughter] They’re ahead of me right now. And so in my post-presidency, in addition to training the next generation of leaders to work on issues like climate change or gun violence or criminal justice reform, my hope is to link them up with their peers who see fiction or nonfiction as an important part of that process.

自信をもっていえるのは、今この瞬間、多くの若い書き手が、私が読まなくてはいけない未来の本を書いてくれているはずだということだ。彼らはいま私より先にいるんだね(笑)だから任期終了後は、気候変動や銃規制や司法制度改革といった分野での新しいリーダーを訓練する活動だけでなく、そうしたプロセスにおいてフィクションやノンフィクションが果たす役割について信じ合える、若い仲間同士をつないでいきたいと思っているんだ。

この魅力的なインタビューの全文、オバマ大統領が大学にゆく娘に送った本のタイトルなどは、インタビューの全文から読むことができますので、ぜひ御覧ください。

最後に、ちょっとだけ思い出を。

かつてこのブログではオバマさんの “Yes, we can” 旋風が日本にやってくるのに先駆けてそのスピーチの分析をした記事や、演説の途中で電話がなり始めたときの対応の見事さについてとりあげた記事を書いてきました。

しかし私は(さまざまな政策の失敗や不十分さも受け止めたうえで)この類まれな言葉のセンスをもった人物の根底にある温かさや、歴史と文化に対する畏敬について、ずっと感謝の念を抱いてきたのだと思います。8年間ありがとうございました。そして、あなたのこれからの著作も期待して待っています。

(本稿で使用した写真 P012015PS-0481P062909PS-0389P020411PS-0419 は United States government work として特定条件下における利用が認められており、今回はその範囲内で使用しました)

 


著者について

堀 正岳

「人生を変える小さな習慣」をテーマとしたブログ、Lifehacking.jp 管理人として、仕事術、ライフハック、テクノロジー、文具、ソーシャルメディアなどについて執筆中。2011年アルファブロガー・アワード受賞。Evernote ライフスタイルアンバサダー。ScanSnapアンバサダー。この他のブログに、ライフ×メモ 、Climate+を運営しています。