オバマ大統領、ロムニー共和党候補の討論にみるディベートの5つの戦略

Debate

アメリカ大統領選挙も終盤戦になって、オバマ大統領の優勢が伝えられるなか注目されるのはオバマ大統領、ロムニー共和党候補の両者による公開討論会です。

日本でも先日の党首選挙などで討論会をみる機会がありましたが、候補者同士の一騎打ちではないこともありますし、形式も違うことから、アメリカほどは緊張感のない内容でした。

そこにくると、アメリカ大統領選挙のディベートは見ているだけで空気が火花を散らすような熾烈な戦いをみることができてとても勉強になります。

ディベートを制するということは、どのような戦いで勝利を収めることなのでしょうか。今回の論戦で注目したい5つのポイントをまとめてみました。### 討論会のルールがすでに熾烈

そもそも、このディベートは日本の討論とルールもフォーマットも違うことに注意が必要です。

討論会では質問によって最初に答えるか後に答えるかで有利であったり不利であったりします。そこで公平を期するため、候補者はコイントスで最初の質問の順序を決め、そこからは交互に先に答える形式をとります。

質問に対して両候補者は 120 秒で答えることができ、お互いの相手の発言に対して60秒程度で応じることが許されています。

逆に言えば、この120秒で政策に関する自分の考えを示し、同時に相手をラベリングし、簡単に返事することが不可能な論理の罠にかけることが必要となります。また、反論を許された60秒でこの罠を挽回して相手の発言を骨抜きにすることが必要なのです。だらだらと一般論を述べていたら、あっという間に「明瞭ではない」とラベリングされるでしょう。

まず、このルールをよく理解して、有利に利用することが最低限求められる能力なのです。

オバマ・ロムニー、両者の論者としての強みと弱点

オバマ大統領はよく知られたスピーチの名人ですし、またロムニー共和党候補もこの一年で共和党の競争を戦い抜いたディベートの名手です。

CNN のこの記事でまとめられていますが、二人の論者としての強み、弱みをみるとディベートに必要な素質が見えてきます。

スムーズさ:

質問に対して単に論理的に答えるのでは十分ではありません。スムーズに、自分の論敵よりも明瞭に答えることによって**「この人は問題を掌握している」というイメージを与える**のは重要です。

ロムニー候補者はこの側面で非常に手強い論者です。どんな政策問題を投げられても、児戯に等しいかのような雰囲気で答えるため、とても自信に満ちあふれているようにみえます。しかし逆にスムーズすぎると、どこか洗練されすぎな、事前に答えを準備しているだけのような偽物臭さが生まれることもあるので注意が必要です。

距離感:

距離感とは、論敵に痛い部分を攻撃をされた場合にその問題点から自分をどのような距離におくかという間合いのとりかたです。あまりまともに攻撃に反撃をすると弁解しているようにみえて弱さが目立ちます。しかしあまりに関係なさそうな顔をしても問題を無視しているようにみえて不利です。

オバマ大統領はこの距離感の名手で、彼の一期目の政策や考え方の難点を指摘された場合でも、努力をしている雰囲気を保ちつつ、しかし問題が掌握下にあるような微妙な距離感をとることができます。しかし一方で、時折この距離感が冷酷な雰囲気を醸し出すこともあるのが欠点です。

存在感:

よく定義されずに使われる言葉ですが、大統領候補の論戦でいつも使われる言葉はどちらがより “presidential” 「大統領的か」が常に意識されます。

どんな質問に答えている場合でも、論理的な内容よりも「この人なら大丈夫」という雰囲気を持つことが良かれ悪しかれ効果をもつのです。

たとえばシュワルツェネッガー氏がカリフォルニア州知事に立候補したとき、相手の候補者はパネルなどを持ち出して指し棒で示しつつどのように州の負債を減らすのか説明しましたが、論理的には弱くても圧倒的な存在感を示したシュワルツェネッガー氏に敗退しました。いくら論理的に正しくても、知事ではなく、一官僚にしかみえないのでは負けてしまうのです。

この点についても、オバマ大統領は定評があります。

論点の結晶化

時間が極度に少ない論戦で最も必要な技術は、自分の立場を可能な限り短い言葉で「結晶化」するテクニックです。

たとえば今回の大統領候補にとっては、二人とも「自分こそがアメリカ経済を立て直す人物だ」というイメージをどのような言葉で結晶化できるかが勝敗を決めるといっても過言ではありません。

結晶化させる言葉がより多くの人と共鳴すれば論戦から票を勝ち取ることが可能でしょう。しかしあまり偏った言葉で結晶化をするとそれに共鳴できない人を遠ざけることになりかねません。そして下手に一般論に堕すれば「明瞭ではない」と論敵にラベリングされて一気に形勢が傾いてしまいます。

オバマ、ロムニー両候補とも、この点では強みをもっています。しかしロムニー候補者は最近の「47%のアメリカ人は政府に依存している」という発言で多くの人を遠ざけた経緯がありますので、論戦ではこれを挽回して、そのうえでオバマ大統領をやりこめるという挑戦がまっています。

その他細かい点:

歴史的に、アメリカ大統領選挙の論戦ではさまざまなサブリミナルな、小さな点もまた戦いです。

たとえば服装ですが、ケネディ vs ニクソンの伝説的な論戦ではまだ白黒だったテレビの上で映える明るい色の服を選んだケネディが強い印象を残し、黒い背景に濃い色彩の服を選んだニクソンはなんだか背景に溶け込んで印象が弱かったという例があります。近年ではネクタイの色、スーツの仕立ても含めたコーディネーションが行われます。

口調も問題になります。たとえばオバマ大統領は短い断定調よりも馬鹿正直に長々と答える傾向があり、しかも討論においては多少どもりがちであることが指摘されています。この点は弱みとして捉えられることもあり得ます。

まとめ

ここまでみると、政策について一切触れなくても、ディベートで勝利するために必要な技巧は非常に多いことがわかります。

もちろん政策そのものが大事なのはいうまでもありませんが、戦いはそれをどのように送り届けるかという部分にまで及んでいるのです。

これから投票まで3回の候補者の直接対決が予定されています。この二人の名手による戦いはCNN などのサイトを見ていればその詳細を知ることができますので、ぜひ追ってみてください。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。