象は羽ばたけるか。Evernoteの未来への漠然とした不安と期待
本日から Evernote Trunk Conference に参加するためにサンフランシスコにきています。クラウド上の第二の脳であり、タスク管理から単語カードまで作り出せるプラットフォームとなったEvernoteの初めての会議です。
会議そのものは現地から随時リポート記事を書きたいと思いますが、会議前にアジェンダとしてまとめておきたいと思ったのが私がEvernoteに対してもつようになったばく然とした不安です。
いまはいいのですが、このまま放っておけばEvernoteがクラウド化の道途上におきざりにされた、ありふれた「ああ、あれはいいアイディアだったけど残念だったね」というサービスにならないかという危惧です。そしてそれはもう、一部のパワーユーザーの間では現実となりつつある問題でもあるのです。
前回まとめたEvernoteのもつポテンシャルが明るい展望であるとすると、この危機は見過ごしにしたらEvernoteに未来はないと思ういまそこにある危機です。これをまとめておくことで、現地でPhilをはじめとしたEvernoteの仲間たちと、議論してきたいとおもいます。### クライアントの「象」化と不要感
最近、Evernoteが重くなったという人を周囲でもよくききます。これはEvernoteにあずけているデータ量が多くなった結果、クライアントでも扱いきれなくなっている人が増えているということなのではないかと思います。Evernoteが、重さの意味で「象」化しているのです。
先日目にしたMacBook Air のスリム化の記事でも、いかに Evernoteが占有している領域が大きいかという話題がありました。そのデータのほとんどはめったにアクセスされることがないのですから、容量が125GBしかない MacBook Air のような端末では削除の対象となるのは当然といっていいでしょう。
このように、プレミアムで利用している人のデータ量はそろそろすべての端末に動機することに意義のある限界を超えつつあります。
データの量はもともと高速なことで知られていたMacクライアントでも深刻な問題で、検索のたびに十秒ほど待たされたり、新しいバージョンをインストールするたびに再構築に大きなリソースを食うようになっています。
一部のユーザーからは、Evernoteクライアントを削除して、Chrome拡張機能に集約したという話もききます。Evernoteを使うことをやめないまでも、無理して利用している人が少しずつあらわれているようにみえます。
Dropboxは同期するフォルダを選択することができますし、EvernoteのiOS版もすべてのデータを手元においているわけではありません。今後クライアントもよりクラウド上のデータに高速にアクセスする「窓」としての機能に特化してゆくのではないかと思います。
データそのものの自重につぶされる
しかしもっと深刻なのは、物理的要領ではなく、データそのものの価値の劣化です。
全てのウェブクリップ、画像、ファイル、書類と言ったものがEvernoteに集まるのは、それらがストック情報で「たまればたまるほどよい情報」である限りにおいては価値の増加です。しかし一方で、多くのニュース的なデータには利用価値の限界があります。古くなることでゴミ化するデータが、Evernoteのデータベースを汚染してゆくのです。
たとえば最近、旅行の計画を立てるためにトラベルサイトを使うことがありましたが、すべてのホテルのすべてのプランが表示されるサイトと、ある一定以上の基準をクリアしたホテルのみを表示するサイトでは後者を選んでしまいます。たとえ検索のフィルターを利用していても、家族利用に適したプランに、ビジネスマンの素泊まりに向いた無数のプランやカップル向けのプランが混じってしまうだけで判断がつかなくなってしまうのです。
これは、価値のある情報が多くても一定以上ノイズが増えると利用不能になるという例です。そして経年劣化でノイズが増えてゆくことを考慮すると、Evernoteの利用が「便利」から「苦痛」になる時が必ずやってくるのです。
必要なのはデータの自動キュレーション
「検索が使えないなら、タグ・ノートブックを使えばいいじゃない?」という意見もあるかもしれませんが、これにも問題があります。まず、タグを本当に活用している人がそれほどいないこと、データが増えるに従ってタグの中のデータにもノイズが混入するすること、タグを耕していないと使えないツールは次第に使うのが苦痛になることです。
端的にいえば、Googleに検索ワードを入力すれば何億というページから瞬時に数百の結果が返ってくるのに、なぜ手元のEvernoteの数千のデータからなにかを探すために、タグの管理をしなければいけないのかというわけですね。
頭の記憶なら、利用価値の低いものが判断の邪魔にならないように脳は自動的に忘却によって情報をキュレーションしてくれます。忘却は全てを洗い流す究極のキュレーションなのです。
しかし電子の脳であるEvernoteに対しては、何を除去するかを人間の側がノートブックやタグ、検索クエリーといった形で明示しないといけません。有用な情報に絞り込む手続きが、そもそも煩雑なのです。
実はこの問題を見事にクリアしているアプリが一つあります。コンテンツを自動でキュレーションしてくれ、美しく表示するFlipboardです。先日のいしたにさんの記事にもあるように、Flipboardに表示される記事は自動的に重み付けがされて表示されます。ユーザーの側で意識することはなにもないのです。
私はEvernoteクライアントにも今後、ノイズを減らすための Flipboard のような自動キュレーションの機能が必要なのではないかと思っています。いま探したいと思っているものを絞り込み、かつ、クエリーによっては珍しい一匹狼のデータも漏らさないような重み付けをした検索が必要なのです。FlipboardのようなEvernoteクライアント、みてみたいですよね。
Evernoteの中にあるデータ、たとえば単なる画像ファイルといったものは、ネット上のデータと比べてどのような性格のデータかEvernote側で判断する情報が足りないので、こうしたキュレーションは難しいでしょう。でもそれを手に入れたURL、ユーザーの過去の使用履歴といった挙動から推測することも可能だと思います。
Evernote Trunk Conference への期待
この数年のEvernoteの成長はめざましいものがあります。ユーザー数の増加も、破竹の勢いといっていいでしょう。まだEvernoteの成長には一点の陰りもないようにみえます。
しかし上にまとめた、いわゆる「Evernoteが自重で利用しづらくなる」という側面は確実に未来にやってきます。今後Evernoteが100年の成長を目指すうえでの最初の壁になるのではないかと思ってます。不吉なことを予言するつもりはないのですが、Evernoteの仲間が大勢集まる場所で、いずれやってくるであろうこのハードルについて意見を交わすつもりです。
Evernoteの終わりの始まりか、それとも新しい始まりなのか、ETC ではそれを見極めたいと思います。