心を制する者は己を制する。すべての仕事術をくつがえす「心理の力」

possible.jpg

誰もが通ったことのある道ではないでしょうか。

仕事術の本を読む、あるいはライフハックのブログを読んで、GTD のようなフレームワークや便利な ToDo リストサービスを利用し始めます。でもどうしても、どこかで手が止まってしまう。単純なはずの「次のアクション」のチェックボックスがどうしても埋められない焦燥感。

あるいは、ビジネス書を何冊も読んで「気づき」や「学び」だけは積んできたつもりでも、いざそれを実践しようとしたときに見えない壁のようなものが立ちはだかっていて前に進めなくなる絶望感。

「やればいいだけ」なのに指一本動かない状況、それはその仕事術やハックの問題ではなく、実践する私たちの心の側に原因があります。心を甘く見ていると、どんな小さなタスクでもつまずきの石になってしまうのです。

著者の佐々木正悟さんに献本いただいた「ライフハック心理学」を読みながら、この、すべての仕事術に暗黙の了解として前提されている「心の問題」について考えていました。

「無意識」を味方につけられるか

本書には「無意識」という言葉が頻繁に登場します。無意識とはほんらい「意識の外」にあるもので、意識できない故にそもそも認識することも難しいものです。

しかし本書では「無意識の力を借りて集中力を高める方法」や「無意識の力でアイディアを引き出す」といった、具体的にどういうことなのかにわかには想像できない話題が数多く登場します。

たとえば「仕事をコーヒーのように味わう」という節では「仕事が好きだから毎日やるのではなく、毎日やると決めたことだから仕事が好きになる」という逆説的なつながりが指摘されています。そうした毎日繰り返す行動が無意識下に投影されることで、望ましい結果をもたらすわけなので、「どのようにすれば仕事に集中できるか」という問題が、どのようなことなら繰り返せるかという具体的な問題に還元されます。

同様の形で、創造性、対人関係、危機との向き合い、といった話題が心理の側からもういちど解きほぐされます。多くの仕事術で前提とされていた心理状態を解説したうえで、利用する方法について紹介しているわけです。

そうしたわけもあって、本書は納得しながら読み進めるのが多少難しい面があります。場所によっては「どうしてこんなことが有効なのだろうか?」と疑いたくなる場所もあります。しかしそれもそのはず、心理はすべての行動のベースにあるので、マインドハックは**「行動そのものを可能にするためのハック」**という形で書かれるからです。

通常の仕事術の本が「AをすればBという結果が得られる」という書き方がされるのに対して、ライフハック心理学は「Aを可能にする準備」「Aが帰結されるような状況設定」という形がとられるわけです。

ライフハック心理学は、いわば心という無意識の大地を耕す方法だといえます。よい耕し方をしていれば、無意識から望ましい行動が立ち現れる、いわばアンチ仕事術という側面があるのです。

仕事術に狂奔するまえに実践したい心の耕し

なぜ、GTD の要領ですべてを書き出すことで心が楽になるのでしょう? また、なぜ Evernote のようなキャプチャーサービスが身の回りの情報をコントロールできているという感覚を与えてくれるのでしょう?

一見、情報が整理できているのだから気持ちよくて当然という気もするかもしれませんが、これらのテクニックが生み出す心理的な効果は馬鹿になりません。

そこで仕事術を心理の側から学び直せば、「どうしてもアクションが起こせない」という場合でも、どんな心理的なハードルがそれを不可能にしているのかという視点で原因を追及していけます。

本書はそういう意味で「普通の仕事術」の本ではありませんし、難易度も高くなっています。

しかし答えがなかなか見いだせない心の問題についてこれだけ真面目に取り組んで書かれたビジネス書はほかにないでしょう。本書を読むだけでも、広大無辺の無意識の耕しにつながるのではと思います。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。