ライフスタイル・インフレーションを意識する

Inflation

[連載:ライフダイエット]

私が折にふれて読み返すトルストイの小品「光あるうち光の中を歩め 」の岩波文庫版は、買ったのが1994年ということもあって価格は260円でした。食堂での夜ご飯を我慢すれば、本が一冊買えた良い時代です。

いまこの版は絶版になっていますが(実にけしからんことです)、新潮文庫版は340円で買うことができます。これはスターバックスコーヒーでショートサイズのラテ、一杯分です。

その昔、学生時代の頃の自分にとっては、コーヒー一杯に340円も使うのは狂気の沙汰でした。そんなお金があるなら、本を買っていましたし、実際本を買いすぎて月末には苦しい思いをしたことが何度もありました。

しかし時が移り、職場から給料をいただくようになって、お金の使い方もずいぶん変わりました。いまでは、財布に小銭しかないときに「スタバで一杯くらいコーヒーを飲めないなんて」と考えることさえあります。

でもこれはどこで終わるのでしょう。「iPhone / iPadくらい買えなくて」「新しいデジカメを買うことくらいできないとは」「古くなった車を買い換えることもできないなんて」と続くのでしょうか。考えてみるとずいぶん遠くまで来てしまったことに、私は自分で自分が恐ろしいと思うことさえあります。### ライフスタイル・インフレーションと、それを避ける方法

いつも読んでいるファイナンシャル・ブログ「The simple dollar」でこのことを「ライフスタイル・インフレーション」と呼んでいて、なるほどなあと思いました。

Before long, though, I had established a pattern of normalcy that involved spending quite a bit of money. The ramen noodles I had eaten in college were no longer good enough for me. Eating the $3 special at the Chinese restaurant near where I lived no longer satisfied my desires. Used video games from three years ago were quickly replaced by the newest releases. My old shirts, accumulated over the years of college, quickly vanished and were replaced by crisp new clothes.

(大学卒業から)ほどなくして、私の出費のかさむパターンが「普通」のことになる生活を自分で作り上げてしまった。大学で食べていたラーメンはもう十分ではなかったし、近くの中華料理屋の $3 スペシャルには満足できなくなった。3年前の中古ゲームは新しいものと入れ替えられた。そして大学生活で山のようになった古いシャツは新しくて品のよいものに買い換えられた。

ある程度は、これは避けられないことです。しかしすべてにおいて出費が増えてゆくことを「普通」のこととして受け入れていると、そのうちそのライフスタイルは破綻しないまでも、いつまでも本当の豊かさを意識できない、苦しいものになってしまうかもしれません。

だからといって、このような「ちょっとしたぜいたく」に慣れてしまって倹約ばかりの生活は苦しいと思う気持ちもわかります。どうせならお金は気持ちよく使いたいですよね。

そこで思い出されるのが Ramit Sethi の “I Will Teach You To Be Rich ” に出てきた、靴が大好きでブランドものや珍しい靴に莫大なお金をかけているのに、住んでいる場所や家具は簡素だという女性のエピソードです。

自分の好きなものにお金をかけ、それ以外は簡素にすれば一番好きなものについて人並み以上にしながら、全体の出費はインフレーションさせなくてもよいわけです。

そこでライフスタイル・インフレーションを避けるために、The simple dollar ではいくつかのアドバイスを紹介しています。

1. ライフスタイル・インフレーションを意識すること

年々良い服をきて、良い食事をして、良い車を選んで…と、少しずつ出費が増している部分はないでしょうか? それは単に「これだけ使ってもいいはず」というなんとなくの判断なのか、意識的な選択なのかを考えてみるだけでも、一つのブレーキになるはずです。

私にとっては、文庫本チェックはいい例です。「トルストイ一冊に比べてそのコーヒー、本当にいま飲む必要はある?」(よい環境でノマドワーキングしたい場合など、その価値がある場合もあります)、という具合です。

2. 選択肢を気にする

ライフスタイル・インフレーションが起こり始めると、ある値段以下のものに目が向かなくなります。「これくらいお金をかけなくては旅行したことにならない」「これくらいお金をかけなくては、よいワインを飲んだことにならない」といった発想は危険フラグです。

3. 友人に気をつける(特にカメラ好きの)

カメラ好きな人と交われば、カメラやレンズを買うことになり、アップルの製品にお金をかける人と交われば iPhone も iPad も新しいものにアップデートしがちな傾向になります。

これは収入が増えて、お金の使い方が異なる人とつきあうようになると特に起こりがちな傾向です。iPhone…iPad…カメラ…そう、私は危険人物だということです!

お金とのつきあいは難しいなあ…

かくいう自分も、いろいろな出費がかさんでいて、ライフスタイル・インフレーションの罠にはまっているところがあります。

努力してかせいだお金を使うのも楽しいことなのですから、一概に悪いこととも言えないのですが、いつの間にか出費が自分の身の丈を越えないように気をつけたいですね。

I Will Teach You To Be Rich

光あるうち光の中を歩め (新潮文庫)

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。