世界は舞台、人生はプレゼン。そしてジョブスのキーノートはその道しるべ
すでに各所で話題になっている「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン」が、実はプレゼンの本でありながら最近読んだ中で最もよい啓発書でした。
日経BP社から献本でこの本をいただいた時点では、正直なところ面白いかどうか、自分に役立つものであるかどうか半信半疑でした。
というのは、私はスティーブ・ジョブスを神格化するつもりは毛頭なく、彼には彼のプレゼンのスタイルがあり、非常に魅力的であってもそれは私が真似すべきものでも、必要としているものではないと考えていたからです。
本を開いてみて、その疑念はまったく気持ち良い形で打ち砕かれました。
本書は表面上はジョブスのプレゼンを詳細に分析して、その結果どうしてあれほどつよい印象を聴衆に与えることができるのかを解説する体裁をとっています。しかし実際には、この本の根底のテーマは**「どうすれば自分の情熱で世界を変えられるか」という、夢をかなえるための魔法を解き明かすこと**にあります。
たとえば最初の章が「ストーリーを作る」と題されていて、スライドを一枚も作る前から、プレゼンが果たしたい目的、聴衆に納得させたい物語、自分を(良い意味で)正当化するためのメッセージを作っておく重要性についてまとめてあるのは当然のこととはいえ、とても新鮮な感じがします。
ジョブスのプレゼンがなぜ 10 分単位で行われるか、服装が決まっている理由、小道具やステージの利用の仕方、ヘッドラインの作り方など、具体的な内容も数多く書かれているのですが、その説明がつねに一つの哲学、「どうすれば自分の情熱で世界を変えられるか」というポイントから離れないのがこの本を読んでいて心地よいところです。
プレゼンが、アイディアを完成させる
どんなに大きなアイディアがあっても、それを世界に届けることができなければ、それはまたひとつアイディアの三途の川に積み上げられた小石にすぎません。そしてそうした小石は無数にあるのです。
「これは良いアイディアなんだから、みんながわかってくれないのはおかしい」
そんな甘い考えでは、世界を変えることはできないと、本書は教えてくれます。むしろ、すばらしいアイディアはすばらしいプレゼンテーションを伴ってこそ、世の中に広がってゆくという当然のことを、もう一度心に刻み込んでくれます。
本書は 400 ページをこえる厚さですが、興奮して一気に読むことができました。下手な自己啓発書よりもずっと気付かされることが多かったように思います。
しかも解説は Evernote の CFO @hokayan です。「愚直であれ」という言葉で締めくくられるこの解説も、どこかへこたれた感じのする日本への強いエールになっていていいですね。そう、プレゼンにヒントはあっても近道はありません。そして表題にも書いた通り、人生もプレゼンそのものなのです。
人生を変えたいなら、自分をプレゼンテーションする方法を学ばなくてはいけない。そこまで掘り下げて読めるなら、その読者は幸いでしょう。おすすめの一冊です!
難点など
唯一の難点は、あきらかな誤訳や、安易な訳に逃げた箇所や、音読していればさけられたはずの日本語の間違いが少なからずある点です。
“We’re here to put a dent in the universe” を「宇宙に衝撃を与える」と訳すのは言葉が足りない気がしますし、p.31 の「レオパードからリードを外す」「アップル、iPod を詰める」はまったく意味をなしていません(原文は、“Unleashes Leopard” つまり「Leopard を解き放つ」と、“Apple Shrinks iPod” 「アップル、iPod を縮小する」)。
細かい点を気にせずに一気読みするか、あるいは Kindle ストアで英語の原文を買って読むのがおすすめです。
p.s.
…というアマチュアなコメントを書いたら翻訳されたプロの方から実にもっともなご返答が! 私の仕事でも翻訳はよく行いますので、この思考過程がとても大変なのはよくわかります。そしてその流れをここまで示してくださったのに大変感謝です。
記事にバランスは必要とはいえ、あまり細かい話を安易に指摘をしてはいけませんね…。というわけで反省。
私の茶々入れなど関係なく、本は Amazon.co.jp の総合トップ 10 に堂々と君臨し続けていますので読むが勝ちです!