「こつこつ努力」か「一発逆転」? いや、それは二者択一ではない

luckywheel.jpg 1ヶ月間だけ、思い切りがんばれば | Attribute = 51 「地道な努力」よりも、はるかに人生を好転させる努力の仕方 | 分裂勘違い君劇場

はてなブックマークでたくさんのブックマークを集めていましたが、Attribute = 51 ブログの記事が毎日の努力の大切さを簡潔な文章で書いていて、心に残りました。

「現状を変える一発逆転があると思うかもしれないけど、どうやら近道はない」「毎日少しずつ、少しずつ努力を積み重ねるしかない」といったものから、「いきなり『ありがとう』は言えないから、まずは『どうも』から始める」といった、毎日の生活の実感があふれる箇条書きが続いていて、読んでいて元気がわいてきました。まだ読んでいない方はぜひ目を通してみる事をおすすめします。

ところが、この記事に反応する形で分裂勘違い君ブログで、こうした毎日の努力は「違うだろう」と異議を唱える記事が投稿されていて、こちらも興味をひきました。こちらの記事は「毎日こつこつ努力の名の下に一発逆転を見逃していて不幸になるのはおかしい」という趣旨で書かれていましたが、さて、どちらが正しいのでしょうか?

いやそもそも、これは二者択一の問題ではないという気がします。

微分と積分

「努力を惜しんで一発逆転ばかりを狙う」のは山師のようで変だとおもいますが、たしかに「夢」を「生涯目標」と同一視して、いつまでたっても実現しない夢を見上げてため息ばかりついているのも、残念な話ではないかというのには同感です。

でも Attribute = 51 さんの記事は「ゆっくりと成長しよう」ということを書いているのであって、一瞬のチャンスをつかんで成功する事を否定しているわけではないのだということは見逃してはいけません。

それを理解した上で、後者の記事が書いているように、「近道を探す努力」も、すべてとはいいませんが大事なことだというのは事実だと思います。

この二つの話を読んでいて思い出すのが、私がまだ物理学部の痩せた学生だった頃に、担当教官から繰り返し言い聞かされた言葉です。先生は目先のことばかりに猪突猛進している私をたしなめるように、「mehori くん、微分だけで考えてはいかん。積分で考えろ」とおっしゃったのでした。

微分というのは、「その時点での傾き」を意味しています。「勢い」と言い換えてもいいでしょうし、ここでいう「一発逆転」のことといってもいいかもしれません。昨日までデフレスパイラルを描いていた人でも、いきなり微分係数がプラスに振り切って急成長をすることはあり得るのです。

でも微分で生きるのはデイトレーダーのようにその場その場の空気を読んで生きる事でもありますので、あるときは調子がいいかもしれませんが、次の瞬間は急転直下で失墜するかもしれません。微分だけを見ている生き方はスリルはありますが不安定で万人向きではないのです。しかし、自分だけは宝くじにあたると信じてこの道を辿る人はあとをたちません。

積分で生きるというのは、その日その日でみた成長の割合は小さいかもしれませんが、長期的に見て大きなプラスを得る方法です。複利で財産を殖やしているのに近いといえるでしょうか。積分の生き方は毎日できることに注目し、少しずつの積み上げを重視します。これは微分的な生き方に比べて誰にでもできるのに、この道を辿る人は多いとはいえないのではないでしょうか。

二つは矛盾しない

面白いのは微分と積分の二つの生き方は矛盾しないということです。人生にはたしかに波があって「運気」をつかんで急上昇する局面もあれば、じっくりと力をためたり、回復に努めるべきときの両方があります。「機を見るに敏」と「人生万事塞翁が馬」は同時に真実でありうるのです。

たとえば「万能細胞」の発見で注目されている京都大学の山中伸弥教授は、発見と同時に国内の研究者によびかけて「オールジャパンで戦おう、この数ヶ月が勝負」と口にされていましたが、これはまさに「機を見るに敏」のいい例だと思います。こんな大きなチャンスを得た方が悠長にかまえていたなら、あきらかに惜しいことになります。

しかし山中教授の成功を支えていたのはポスドクたちの何年もの基礎研究です。ふつうポスドクは数年で契約が切れますので、次の就職先が気になって、じっくりと腰をすえた研究はなかなかできないものですが、それを山中教授たちのグループは実現したのです。もし山中教授らが「すぐに成果のでる、手近なことだけをやろう」という方針だったら、このイノベーションは不可能だったのではないでしょうか。

また、普段のたゆまない努力があったからこそ、「機」をみてそれを「機」であるとはっと気づいたとも言えるかもしれません。兵法にも通じるこの二つの視点は矛盾せず一人の人間に同居できるのです。

エマーソンが昔言ったように。「努力して獲得せよ。さすればこそ運命(チャンス)の輪を自らにつなぎ止めることができるのだから」

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。