Ricoh Theta と Frontback がもたらす「体験」する写真の世界

日本に流行語大賞があるように、欧米にも Oxford Dictionaries による Word of the year というイベントが年末にあります。そして今年は「自分撮り」という言葉に相当する「selfie」が選ばれました

リンク先のコメント欄をみる限り、流行語がつねにそうであるように、selfie という言葉もそれほど好まれているわけではなさそうです。それは selfie が単に「自分を撮影する」ということにとどまらず、「それをそのまま Facebook や Twitter に投稿する」というところまで含む言葉だからです。「うっとうしいもの」と同義語になっている面があるんですね。

この「自分撮り」の流れは元はといえばSnapchatという、一定時間で写真が消えてしまうSNSで生まれたものだと思いますが、最近もう少し身近なところにもやってきています。

話題の360度全天球カメラ、Ricoh Thetaと、Frontbackです。### 写真のなかに踏み込むと「体験」が伝わる

Theta2

冒頭の写真は、先日アドビのお誘いで行きました大井競馬場、TCK Adobe賞でブログ・タムカイズムのタムカイさんが Theta で撮影してくださった一枚です。このときの様子はブログ、ライフ×メモでまとめました

この写真(実際はウェブページに埋め込まれている映像)は、アドビ賞の表彰台に向かう馬車にアドビ日本法人社長のクレイグ・ティーゲルさんと一緒になぜか私たちブロガー一同が同乗することになって大井競馬場のコースを進んでいる様子です。

観客スタンド、深い砂に覆われたコース、馬車の席に座っている私たち自身、御者がすべて同時に写っています。

この「同時に」というところがポイントです。馬車の上で撮影した別の写真をみてみましょう(撮影はブログみたいもん!のいしたにさん)。

PB270608.jpg

みんないい笑顔ですね(笑)。でも一人だけ、写真を撮影した、いしたにさんがここには足りません。当然のことなのですが、普通のカメラは撮影者が撮影対象を切り取るという向きにしかベクトルは向かないのです。

それに対して Theta で撮影した映像は、自分がみていた風景、自分が見ていない背後の風景、自分のとなりにいるひとも自分自身も全部同時に撮影されます。この映像をご覧になるみなさんにとっても、私たちを外側からみるのと同時に私たちの視点の映像(たとえば御者の背中)が見えるのです。

本来なら同時にみえないはずものがみえているということは、写真という瞬間の切り取りに時間という軸が持ち込まれ、経験が3次元化することを意味します。つまり、Thetaは体験そのものに踏み込んでそれを切り取った映像が撮影できるということなのです。

Frontbackのもつ「編集の力」

ここでもうひとつ、撮影している体験のなかに踏み込む映像を撮れるアプリとして、Frontbackが最近盛り上がってきています。FrontbackがTwitterからの買収提案を断ったというのも耳に新しいですね。

Frontback1

たとえばこちらは先日行きました郡山・福島ブロガーツアーいしたにさんが撮影して、Staff pickに選ばれた一枚

FrontbackはiPhoneの前と後ろのカメラを使って一枚の画像をつくりますが、それがなんともいえない物語をつくります。

この一枚、説明するまでもなくみているだけでどこか可笑しいですよね? どこが面白いのか言葉で説明するほうが野暮なものが撮れるというだけでも充分といえば充分なのですが、Frontbackはその実装方法のなかに編集を誘う仕組みがあります。

Frontback2

こちらは同じく郡山・福島ブロガーツアーで撮影した一枚。お気づきでしょうか? 上半分と下半分には時間的な経過があるのです。「飲む前」と「飲んだ瞬間」という物語として読めるのです。

Frontbackは前と後ろの映像を個別にとりますので、必ずしも同時に起こっている必要はありません。つまり、やはり写真に時間の次元がもちこまれて体験が膨らんでいるのです。

ホット化する映像、自分撮り

そこで話題は「自分撮り」に戻ってきます。

Ricoh Thetaの製品レビューで比較的よくみる言葉として「注意しないと自分が写ってしまう」「自分が映らないようにするには工夫が必要」があるのですが、もしRicoh ThetaとFrontbackに写真の「体験」の度合いを増やす要素があるなら、むしろ逆だといえるかもしれません。

あくまで「撮影者」と「撮影対象」を分けて考えるとそうした反応になりますが、むしろその界面を取り払って、積極的に自分が入り、自分が見ているものと同時に撮影してしまうことに本質があるのです。

Theta3

こんな難しい言葉ではピンとこないという方のためにもう一つ例をもってくると、Ricoh のホームページに Theta の作例として掲載されているこちらの作品がよいでしょう。

この写真、撮影しているのは誰でしょうか? 撮影されているのは? お母さんから子供へ、子供からお母さんへ、そしてそれを外側からみている私たちと、視線は錯綜します。そもそも、この映像は誰の体験なのでしょうか?

この映像をみるとき、私たちはお母さんにも、子供にも、二人をみつめるお父さんにも、どんな視点からでもみることができるのです。

先日紹介した小林啓倫さんの好著「今こそ読みたいマクルーハン」でメディアの「ホット」さと「クール」さという言葉がでてきます。簡単にいうと、「ホット」なメディアとは他に何も付け加えなくても情報量も体験としても十全である傾向だと思ってください。

するとRicoh Thetaのような映像、Frontbackのような映像体験は、写真を「ホット」にして、それだけで体験として充分にしてしまおうとする動きだととらえてよさそうです。

そして自分撮りの写真がどこかアンバランスなのは、それだけでは従来の写真と同じ「クール」な場所に撮影者本人が闖入して撮影者と撮影対象というバランスが崩れているからという言い方もできそうです。

そしてそれをネットで友人、家族とシェアするというステップを踏んで、写真の「ホット」化は仕上げとなります。体験がひとり歩きして、他の人のもとに届くわけですから。

これはべつに従来の写真は死んだ!もう古臭い!といった話ではありません。

写真と動画が違うように、メールと文字チャットとビデオチャットがそれぞれ違うように、異なるメディアが登場したということにすぎません。まだまだ Ricoh Theta もFrontbackも一部の人が愛好するものにすぎないでしょう。

しかし写真の限界を踏み越えて、体験を保存する、体験を撮影できる新たなメディアが少しずつ生まれつつあるということはどこかで頭のすみにとどめておいてもよいでしょう。あなたが冒険的な人なら、積極的にそういった写真を撮るのも、ぜひおすすめします。

カメラが発明されたときに、それが生み出す破壊的なまでの力に気づいた人がほとんどいなかったように、カメラの再発明ともいえるこの流れが今後どこまでいくのか、まだ予測できている人はほとんどいないでしょうから。

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。