人を動かす物語の力。Nancy Duarte さん基調講演: WDS2013まとめ(1)
World Domination Summit 2013 は過去2年に比べると規模でははるかに大きなイベントになりました。一方で、それだけ「有名人」が登壇するようになったのかというと少し違います。
たしかに有名なブロガーや、著者が登壇するのですが、伝えたいメッセージがWDSと符合するなら、多少「誰それ?」という人も今回は登場しています。そして満場の観衆は最初は「どういうことだろう?」と不思議に思うのですが、やがて大いに納得するという瞬間が何度かありました。
ここから何回かにわけて、今回の WDS のハイライトをご紹介していきたいと思います。### Nancy Duarteさんによる「人を動かす物語の力」
初日、最初のスピーカーはコミュニケーション・エキスパートでプレゼンのデザインなどを手がける Nancy Duarte さんによる、「人を動かす物語の力」についての講演でした。
キング牧師、スティーブ・ジョブズ、イエス・キリスト、そしてエビータといった人物の演説を独特なインフォグラムで分解しつつ、Duarteさんが説明したのは、説得力があって聴衆が動かされる演説にはかならず2つのプラトーがあるという考え方でした。
それは写真に見える通り、**「いま、現状はこうである」という部分と、「それはこのようになりうる」**という未来を望見する部分の二つです。
たとえばキング牧師の有名な「私には夢がある」のスピーチも、冒頭から「自由と幸せの追求を認めるアメリカ合衆国は我々黒人に不渡りの小切手を渡したのだ」と現状を告げてから「しかし正義の銀行が破産しているなどと私は信じない」と大胆に未来への希望へと切り替わります。
最も有名な最後のクレッシェンドも、「今は差別を行うものが(現状)いずれは友人とならんことを(未来)」という具合に現状と未来が激しく入れ替わって高みを目指していきます。
ジョブズ、イエス・キリスト、エビータ
このような手法で、Duarte さんはジョブズが iPhone を初めて紹介したスピーチの構造をジョブズが自社の製品を称賛するタイミング(“It works like magic!”, “Isn’t it great?")で分断すると同様の「これまではこうだった」「iPhone はこれを実現する」という形になることを示します。
さらにイエス・キリストの山上の垂訓についても、現実と天国への希望とがひとつの文章のなかに息継ぎ一つなくとけあっていることが示されます。
義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。
あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。
スピーチの構造からみても、イエスが聴衆をどこでつかみ、どこへといざなっているのかが見えてきます。
「この人は見方によっては偉人かもしれないし悪人かもしれないですが、彼女の結婚前の姓が Duarte なのもお気に入りなのよ」と前置きをおきながら最後に紹介したのはエビータの愛称でしられるアルゼンチンの女優、政治家、ファーストレディーだったエバ・ペロンでした。
1951年、夫であるフアン・ペロンの副大統領候補としてエバの名前が上がった際、アルゼンチンの上流階級と軍は身分の低い出自の彼女に強く反発します。その際に200万人もの群衆の前で彼女が行ったスピーチが Duarte さんによって分析されました。
上流階級がエバを罵る際に使われた「あの自分のシャツもない奴ら」という言葉をそのままスピーチのなかで逆手に使い、エバは「シャツももたない私の親愛な同胞たち」と切々と呼びかけます。
この shirtless という言葉でスピーチを分断すると、エバの演説上の企ては実に明快になります。労働者階級の聴衆はこのキーワードで、語りかけられているのは自分だとすぐに認識し、その向かうべき場所はエバの夫、フアン・ペロンの支持なのだという流れが生まれます。
熱狂した群衆はエバに “¡Evita, Vice-Presidente!” 「副大統領になれ!」と迫り、エバはそれをその場で受け入れられず200万対1の歴史上まれなやり取りの末、エバは夫の腕のなかで泣き崩れるという歴史上のシーンが生まれたのでした。
より良き世にいざないし…
こうして説明すると大いに作為的なように聞こえますが、こうした手法は単に聞き手を演説によって操作するためのものではありえないというのが大事なポイントです。
すばらしいスピーチには、かならず聞き手を「A」という場所から「B」という場所、あるいは精神状態へといざなう要素があります。それを行うためにはかならず最初に聞き手と共鳴する部分がなければいけません。キング牧師にとってはともに苦しむ黒人の兄弟たち、エバにとっては shirtless な仲間たちといったようにです。
共鳴を起こした上で、彼らをどこにいざなうのか。それは今よりもより良い、ありうる世界のビジョンにほかなりません。
私はここで、うろ覚えのシューベルトの「楽に寄す」の歌詞を思い起こさずにはいられませんでした。
おお、甘美なる芸術よ
心病める時も
人生の荒波の前にも
我が心に暖かい愛の光をともし
より善き世にいざないし!
口先だけが上手なスピーチも数多くあります。言葉は美しいのにどこまでも心に届かないスピーチもあります。
一方で、言葉はたどたどしいのにどうしてもひきつけられてしまうスピーチもあります。そこには必ず、「今ある姿」と「より善き世界」とで織りなされる物語があるのです。
Duarte さんのスピーチは、なんだか WDS のスピーチとしてはどこか技巧的できいたときには腑に落ちない部分もありました。しかしその後二日間の数々の登壇者のスピーチによって彼女の論点はどんどんと強調されてゆくのでした。
心にとどくスピーチには、聞き手への共感と、山をも動かそうという未来への希望がたくされているということを、私たちは何度も WDS 期間中に目撃することになるのです。
さて次回は、今回の目玉スピーカーの一人、元祖プロブロガー Darren Rowes さんの講演です。