「中途半端」に対する宣戦布告

light.jpg Better | Kung Fu Grippe

何があなたを幸せにしてくれるのですか? 何が最も充実感を与えてくれるのですか? あなたは何に時間を使っていますか? それはあなたの「関心」を投じるだけの価値があるのですか?

最近何度も紹介している 43Folders の Merlin が、彼の個人ブログ Kung Fu Grippe の中で中途半端なクオリティの情報を繰り出すだけのメディアとブログ界に対する厳しい批判を繰り広げていました。いつものユーモアに満ちた文章よりもずっとシリアスで、だからこそ心に迫ります。いろんな反感を買いそうですが、一読に値する内容だと思いました。

彼は最近のネットの流れを俯瞰して、政治談義や、セレブのうわさ話、かわりばえのないビジネスニュース、テクノロジーの評論、変なニュース、そして一般ユーザーの作ったコンテンツのすべてが、一つ一つは「ふーん」「へえー」といったその場限りの快楽を与えてくれるにしても、それらが何百も積み重なって私たちから人生そのものを奪い取っているということに我慢がならないという風に書いています。

What makes you feel less bored soon makes you into an addict. What makes you feel less vulnerable can easily turn you into a dick. And the things that are meant to make you feel more connected today often turn out to be insubstantial time sinks — empty, programmatic encouragements to groom and refine your personality while sitting alone at a screen.

倦怠感をちょっとでもなくしてくれるはずのものはすぐに中毒性を帯びてくる。心の慰めになるようなものだって、過剰になれば君をろくでなしにしてしまう。そして人と人との間の連帯感を生んでくれるはずのものだって、結局はどうしようもない時間の無駄で、空疎で定型のやりとりを通して自己イメージの毛皮の手入れをしているにすぎないものになっている。本人は一人きりでモニターの前に座っているというのに。 これは新しく飛んでくるニュースの一つ一つに異口同音に中途半端な評論を繰り返すだけのニュースメディア、あるいはブログ、あるいは Twitter、あるいは Facebook 、あるいはその全てに対する痛烈な批判であり、激励でもあるのです。

中途半端な情報の摂取と配信

「なにを薮から棒に…」と思われるかもしれませんが、こうした苛立ちは私自身日々感じ続けているものなので、とても共感することができました。

Yahoo ニュースや mixi ニュースのピックアップにアクセスしてみれば、今だって「アイドルが原因で離婚騒動?」「芸能人の熱愛写真流出」「ジャニーズで演技力があるのは誰」といった、目を奪うけれども時間の浪費にしかならない話題が私たちのクリックを誘っています。

ニュースや時事問題は、一見重要に見える仮面をつけてやってきますのでさらにたちが悪いです。泰山鳴動して鼠一匹のつまらないニュースでも、見出しいっぱいに「これを知っていないと世の中に遅れるよ!」と見えないルビが振られている気さえします。しかし遅れて本当に悪いことがあるのでしょうか

嫌ならば見なければいいと言われそうですし、もちろん見ないのですが、この「情報に遅れしまうよ」という呪縛は、多くの人の時間のみならず、本来だったら有用なことができるはずのやる気も、才能も浪費しているような気がしてなりません。

また、上の言葉は中途半端なコンテンツを作る人にも向けられたものでもあります。ニュースを右から左にコピーするだけの記事、議論を深めずに脊髄反射的に書き散らしているだけのエントリー、アルファブロガーのエコーマシンでしかない評論。中途半端な複製再生産は、オリジナルとしての私たち自身の「声」も殺してしまいかねません。

しかも注意していなければ、それらは Google や Technorati、ソーシャル・ブックマーク、digg、そしてポータルサイトを通じてもう一度ニュースサイトに注ぎ込まれ、それを見た人が同様の記事を同語反復的に再生産するという状況が生まれかねません。これはコンテンツを作る一人として、自分にも関係する話だと背筋を伸ばさずにはいられませんでした。

もっと「よい」コンテンツを作る

Merlin は「中途半端」なコンテンツを拒否するとともに、ブロガーとしてこうした「中途半端」なコンテンツを作ることも避けなければいけないと続けます。

What worries me are the consequences of a diet comprised mostly of fake-connectedness, makebelieve insight, and unedited first drafts of everything. I think it’s making us small. I know that whenever I become aware of it, I realize how small it can make me. So, I’ve come to despise it.

With this diet metaphor in mind, I want to, if you like, start eating better. But, I also want to start growing a tastier tomato — regardless of how easy it is to pick, package, ship, or vend. The tomato is the story, my friend.

心配になるのは、こうしたまがい物の連帯感、中途半端な評論、推敲なしに垂れ流されるものばかり食べていたらどうなってしまうかだ。こうしたものは僕らを矮小化している気がする。少なくとも僕自身は、それに気がつくたびに自分が小さくなっている気がした。だから、それに嫌悪を感じるようになった。

食べ物の比喩で続けると、僕はもっと「よい」ものを食べたいと思っている。そして同時に、もっと「よい」トマトを生産したいと思っている。それがどんなに簡単に拾って、包んで、売りさばけるものであったとしても、いいトマトじゃなきゃ話にならないってわけさ。 Merlin 自身は記事の中で、くだらないジョークを作るのをやめる気もないし、明らかに茶化されても仕方がない人を茶化すのに躊躇はしないけれども、それだって世界レベルにくだらないジョークを作るのを目指したいと書いています。

これは Merlin が自分自身のために書いたマニフェストで、どんな行動でこの主義を通すつもりかはあまりはっきりしていないそうです。でも私はこの強い言葉にとても強い共感を抱きましたし、自分なりの行動指針を作る必要性を感じました。

入ってくる情報にしても、自分が書いていることにしても、中途半端なものが多すぎるのです。少しずつでいいので、私も、これを変えていきたいと強く願っています。そうでなければ、何のために書き続けるのか、意味がわからなくなってしまうからです。

そのためにも、とりあえずは現在進行形で次のようなポリシーに磨きをかけるようにしています。

  • 中途半端に時間をとられて、メリットのない活動はすべて削除

  • つまらないニュース、どうせ引用しないブログ、情報に遅れたら嫌だと思って読んでいたけれども、ほとんど読み飛ばしている RSS フィード。これらにつきあう時間はすべて回収してしまうこと

  • 中途半端な評論、始めから結論を決めつけた批判、お定まりの追従、価値を付加していない情報。こうしたものを書くよりは、更新を滞らせてもよいという覚悟

  • 最も大事なものと人に時間と労力を注ぎ込む習慣の形成

  • 「完璧」ではないにしても、「より良いもの」を常に目指す姿勢

かつてヘンリー・デイビッド・ソローは “There are a thousand hacking at the branches of evil to one who is Striking at the Root” 「悪の枝葉に打ちかかっている人が千人いるのに対して、根元に斧を打ち込んでいる人は一人しかない」と書きましたが、この「中途半端なメディアの摂取」と「中途半端なプロダクトで満足してしまう」という2点こそが、成長と満足感を感じることを阻む「悪の根元」なのだという気がします。

「時間がない、何か知らないけど時間がない」「忙しいだけで毎日から充足感が奪われている気がする」このような思いに駆られている人は、こうした「中途半端な時間と才能の浪費」をダイエットする改革に乗り出すことが、状況の改善につながるのではないでしょうか。

厳しすぎると考える人もいるかもしれませんし、自分の楽しみのウェブサーフィンやブログを否定されたと思って反感を感じる人もいるかもしれません。でも、これはあくまで自分の時間を過度に奪うものに対して辻褄あわせをしている時間も、寛容さも持ち合わせていない私の、個人的な信仰告白のようなものです。

というのも、この記事の最後の一行に、私も拙い文章力を傾けて答えてみたいと思うからです

I think we’re both capable of better and just need to find the courage to say so.

きっと僕らはもっと「よい」ものを作れるはずだ。その勇気を見つけることさえできれば 他に毎日のルーティンから削除することのできる活動はありますか? 取り入れるべきものはありませんか? 何か見落としが合ったら、ぜひコメントで付け加えてください。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。