発想を保存するプラットフォームにならなければEvernoteに未来はない

Evernoteについては、先日も、そして新しい iOS アプリについて書いた際にも、「イノベーションが遅すぎる」という文句をあえて書きました。

私は一応、Evernote コミュニティ・リーダーという立場をEvernoteからご指名いただいていますので、それなりに考えたうえでの発言なのですが、代案や提案もなしに文句を書くのも心苦しいものがあります。

というわけで、以下は私がいま、Evernoteに最も必要としている機能の漠然としたアイデアです。一行で説明するなら、「情報を保存する場所」の先にいってほしいという内容になります。

Evernoteの標語の変遷

Evernoteを長く使っている人ならば、その標語がさまざまに変わってきたことをご存知だと思います。

最初の標語は「Remember Everything」でした。すべてを記憶して、忘れないようにしよう。これはいまも生き続ける、Evernoteの本質です。

その後、この標語は「人生のワークスペース」に変化しました。当時の CEO だった Phil が Microsoft Office に取って代わるツールにしようという野心的な考えを追求していたことから、情報を収集し、作成し、議論し、プレゼンをするという、4つの軸を同時にEvernote内で実現しようとしたのです。

これはOfficeがワードプロセッサと帳簿の仮想化であるのに対して、Evernoteはウェブクリッパー、Workchat、プレゼンモードと、情報を中心した作業環境を作ることで対抗しようと考えたわけです。

結果的には、この流れは失敗しました。Officeは単なるワープロ、帳簿の仮想化ではなくて、doc,xls ファイル形式という、仕事における送受信可能なプロトコルという事実のほうが圧倒的に強かったからともいえます。

Evernoteの現在の標語はまだ、この「ワークスペース」を随所に残していますが、最新の iOS 版からはプレゼンテーションモードは削除されていますし、今後も開発はなさそうです。

実態としては、昔の「Remember Everything」にフォールバックした状態なのです。

情報を保存することが「第二の脳」ではない

ところが、単なる情報の集積所というだけでは、そろそろ有用性に限界が生じてきているというのが、以前から危惧していたEvernoteのアキレスの踵です。

集めた情報を有用に使えなくてはいけないのです。それは、機能の高いエディタを実装するといったことではなくて、情報を扱えるようにしなければいけないのです。

Evernote idea

たとえば、現在のEvernoteの状態は、模式図でかくならこのようになっています。私はたいへん高機能なウェブクリッパーや、ScanSnap などを通して、Evernoteにいくらでも情報をいれることができます。それは他のサービスの追随を許さない、Evernoteの強みです。

しかし、その情報でなにかをするときに、いきなり壁がやってきます。検索性は以前に比べて高くなっているとはいえず、また、私の発想そのものをまとめる手段がないからです。発想自体を、仮想化したいのです。

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発想の仮想化というと、とてもむずかしいことのようにおもえますが、ようするにこの写真のように、情報カードを並べるといった程度のことです。

カードに情報を断片として入力して、それを興味と発想のおもむくままに繰り、ならべて、新しい発想をまたカードに入力する。この「発想カード」を開くと、どこからその発想がきたのか、情報カードにむかって遡れる。

たったそれだけのことですが、こうした思考過程をEvernoteのうえで効率的にできないので、いつまでたってもそこは膨大なページをもった、読み返すことが少ないスクラップブックになるのです。

発想の一時置き場をEvernoteで

つまり、現在はカードとして抽象化されているEvernoteの情報の断片をあつめるための、上位構造が必要だということです。模式図にえがくと、このようになります。

Evernote idea2

こうしたことは、ふだん誰でもやっていることです。レシートはレシート1枚では意味が無いかもしれません。でもそれを十枚集めて会計報告をおこなうとき、「会計報告をつくらないと」というタスクが、この電球の部分に対応するのです。

「19世紀末のヨーロッパを舞台にした小説における一人称の翻訳のされ方」という論文と書いていたとするなら、一つ一つのウェブクリップ、PDF、発想の断片は、この論文の目的が書かれた「発想ノート」の下にやってきます。

アウトラインプロセッサに近いのですが、もうすこし即興的で、構造を欠いていて、包含関係だけではない、場当たりな集合。そう、情報の泡のようなものを私は考えています。

泡のなかにいくつかの情報をとらえて目的に応じて留めておき、必要がなくなったら開放する。その泡の中身はノートとしてそのまま存続しますが、次にその情報をとらえてなにかを生み出したいと思ったとき、またもう一度別の泡で捉えます。

泡は包含関係になっていてもいいですし、ベン図のようにまたいでいたりしてもいいですし、単に孤独な発想のままでもいいのです。

そして、発想を保存して、何年も寝かして、またそれが発芽してといったことを実現したい。つまりは、脳の中に生まれるスパークをそのままどこかに記録しておきたい。

私がEvernoteにいま一番期待しているのは、誰もが生活している中で無意識のうちにおこなっている、もう一段階だけ高い抽象なのです。

人工知能? それでなにができるかわからないのに、そんなものに期待を寄せることはできません。

私は、私の脳を拡張するためのサービスがほしいのです。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。