それでも、君はそれすら忘れるだろう

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「アメリカのお家の、あのいつも食事をしていたスペース覚えてる?」

生まれたばかりの娘の世話を手伝いに来てくれた母が不意に聞きました。

アメリカの家というのは、私が高校卒業まで住んでいたアメリカ、シカゴの2階建ての家のことで、リビングルームのとなりに客間はあったものの、そこはふだん食事には使ってはいませんでした。リビングからキッチンの方角へ、ガレージの扉との間のわずかな空間にテーブルを置いて、パティオ付きの裏庭を見ながらいつも食事をしていたのでした。

「覚えているけれども、それが何?」

「いま写真を整理しているのだけれども、家の他の部分はいくらでも写真があるのに、一番時間を過ごしていたあの場所だけ、一枚も写真がないのよ」

それは確かに意外な話でした。

この場所は一日に最低でも2回家族がそろう場所でしたから、さまざまな記憶があります。夏の間は食卓から見える庭に何時間も野ウサギがうずくまっていたりしたものです。ガレージから家に入り、買ってきたピザをほおばっていた光の弱い冬の頃のことも思い出します。

でもその場所の写真が一枚もない。一番記憶していて当たり前と思っていることほど、記録していなかったというのは驚くような、戦慄するような話でした。

それでもすべては忘れ去られる

この一週間、このブログの更新を止めて、Twitter のつぶやきも減らしていたのは、病院から我が家にやってきた生まれたての娘との生活に慣れるのに必死だったからというのがあります。

仕事もなるべく早めに失礼させていただき、同僚に悪いなと思いながらも家のことを手伝っていた数日前、ちょっと時間が空いて、眠っている自分の子供と夕方の時間を過ごすことがありました。

いつもはこんなに早く家にいることはありませんので、夕方の光はどこか見慣れません。風はゆったりとカーテンを揺らしていて、窓の外にはバスや自転車がブレーキをきしませながら通り過ぎてゆく音に加えて、蝉の鳴き声がいつまでも聞こえています。

娘は世はなべてこともなしといった風情で眠っていて、私はその様子を半時間ほど、時間を忘れて見入っていました。子供の表情や仕草は千変万化で見飽きることがありません。その一つ一つを目に焼き付けるつもりで見ていたのです。

それでも、一つのことが脳裏から離れませんでした。

それはどんなにこの一瞬一瞬を忘れないつもりでいても、きっと私は、そう遠からず、この大切な一瞬だって忘れているということでした。

どんなに何度も食事をしていても一枚も写真が残っていない食卓のように、記憶は抜け落ち、改変され、やがては思い出すための記憶のとっかかりさえも失われて、言葉にできないこの一瞬は消えてゆくのです。

たとえ記録をしていたとしても、それを読む私は、今日の私ではなく、異なる経験、異なる物の見方をする私で、きっと今の私と同じ印象をもちはしないでしょう。

しかしあるいは、だからこそ、記録することがもっとも大切なことなのかもしれない、と思いを新たにしたのでした。

いま私のモレスキン手帳には、写真にとらえられない、音声で伝えることができない、思い出そうとする速さで走り去ってしまう、生まれたばかりの娘の印象がキャプチャーされています。

それは将来の私が昔を思い出して、そこはかとない印象を再現させるための手がかりであり、今という時間を封印した記録です。

それを読むのはきっと今の私ではなく、今の私とは異なる私、あるいは私ですらないのかもしれません。

でもこうした大切な時間があったのだということを示す、たった一枚の記憶の写真なりとも残っていれば、その時間は少なくともそのページが残っている間引き延ばされるのです。

みなさんのそれはモレスキン手帳でなくてもかまいません。どんなツールであってもかまいません。

でも、こうした一瞬をとらえるための何かを用意しているでしょうか? そこには、どんな記憶が書き込まれているでしょうか?

将来の自分のためにも、小さな 100 円ノートでかまいません、ユビキタス・キャプチャーの習慣を始めてみませんか。

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