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本当に残したい思い出は「アナログ」に保存する

Tuesday, 24 March 2009 · View Comments · Unclutter

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彼女(今の奥さん)に送った手紙の草稿、書きかけの小説の原稿用紙の束、友人と作っていた馬鹿な同人誌の山…! 誰かに発見されたら顔中から火が出そうですけれども、捨てられない物。これをどうしたものか!

引っ越しを一週間先に控えて、自宅の部屋も研究室も散らかり放題なのですが、棚の奥などをあさっていると、こんな思い出の品が出てきてしまい場所を求めて途方に暮れることがあります。

たいがいの物は ScanSnapにかけて捨て去ることができるのですが、どうしてもオリジナルを残さずにはいられないものも、ほんの少しですがあります。

姿や痕跡をとどめることはできても、デジタルデータではどうしても伝えることのできない何かがオリジナルにはあるからです。

「長期スパンの考え方を追求する」ことを目指して設立された Long Now Foundation のブログで、ちょうど媒体と情報の劣化に関する素晴らしい考察という記事があって、このことを再び強く思ったのでした。

ちょっと長いですが、なるほどその通りだと思った部分を抜き出して訳してみます。

The clay tablets that record the laws of ancient Sumer are still on display in museums around the world. Many medieval illuminated manuscripts written on animal parchment still look as if they were painted and copied yesterday. Paper correspondence from the Renaissance is faded by still in good condition while books printed on modern acidic paper are already turning to dust. Black-and-white photographs may last a couple of centuries, while most color photographs become unstable within 30 or 40 years. Videotapes deteriorate much more quickly than does traditional movie film — generally lasting about 20 years. And the latest generation of digital storage tape is considered safe for about ten years, after which it should be copied to avoid loss of data.

古代シュメール文明の粘土板はいまも世界中の博物館に陳列されている。羊皮紙に書かれた中世の細密画は今でも昨日作られたかのように鮮やかだ。中世の紙に書かれた手紙は薄れつつあるけれども判読可能な一方で、現代の酸性紙で作られた本は屑に戻ろうとしている。白黒の写真は何世紀か持ちこたえるかもしれないが、ほとんどのカラー写真は三、四十年で不安定となるだろう。ビデオテープは最初の映画のフィルムよりも早く劣化し、二十年ほどで使えなくなる。そして最新のデジタル・ストレージ・テープは十年ほどは安全でも、それ以降はデータの消失を防ぐためにも再度コピーされなければいけない。

たしかに言われてみれば、ここ数年で書いた文章の大半はブログが本という形で公開していますので保存状態はよいのですが、原稿用紙を捨てて、パソコンに移行した中間期に書いた文章の大半についてはフロッピーディスクに入っていたりしましたので、読み出せないまま諦めていました。

そのくせ、原稿用紙で書いていた15年ほどの前の若書きの山は今も判読可能な状態で残されているのですから、アナログなメディアは侮れません。

思い出がデジタルな写真、ムービーといったさまざまな形で残る一方で、それを本当に残すためには「定期的なバックアップ」だけでなく「あえてアナログな形で残しておく」というオプションもあるのだなと思ったわけです。

ふだん「ローテク」として見過ごしやすいですが、残したい文章やブログは定期的に中性紙に印刷して製本しておくとか、思い出のイベントの写真については主要な写真だけを抜き出してフォトブックにしておくといった、『アナログなバックアップ」も重要なのかもしれません。

アナログ中のアナログですが、私は自分の手帳に「そのときに感じた感情」をできるだけ言葉で描写することもやります。写真も、映像も、音もなくとも、数行の言葉がその情景を鮮やかに蘇らせることがあるからです。本当に残すべきは、写真そのものでもなければ、映像でもなくて、そのときに感じた「何か」ではないかと思うからです。

とはいえです。残したいという気持ちがはっきりしているとはいえ、目下の難題はこの書きかけの恥ずかしい小説を「どこ」に隠すかです…。公表してしまうか? (← 無謀)

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  • 1 niji // Mar 24, 2009 at 1:16 pm

    「数行の言葉がその情景を鮮やかに蘇らせる」激しく同意します。UC(ユビキタス・キャプチャ)していて、つい先日のことを見返しても、体験できることがあります。

    書きかけ、公表しましょう!皆さん期待していますよ!!

  • 2 ozk // Mar 26, 2009 at 1:01 pm

    いつも楽しく拝見させていただいております。
    公文書館などでも記録をデジタルで保存するべきか否かという議論の際に、記録媒体の物理的な劣化はもちろん、規格が変わった際の対応ができないという話があったことを、本記事を拝見して思い出しました。

  • 3 Catshop // Mar 27, 2009 at 5:53 pm

    デジタルデータよりも、アナログ媒体の方が結果的には超長期保存が可能である──という指摘、最初は「あっ、なるほど」と頷いたんですが。確かに時代を経るに従って、媒体から情報を再生する方法のテクノロジへの依存度は高くなっている。

    よくよく考えると、個人のタイムスパン, スケール感で言うと、デジタルデータは十分に長期保管に耐えますよね。多少のリテラシ(例えばオープンスタンダードでないプロプロイエタリなフォーマットで保存しない, それを開くためのアプリケーションが長期的に生き残るとは限らないから)は必要だし、メンテナンスフリーってわけにも行きませんが。
    おそらく、企業の活動の中で生み出される成果物の大半も、デジタルデータの寿命は十分に要件を満たすのではないかと思います。

    他方、アナログ媒体に関しては情報量に対して、保管コストが高いのが目につきます。電子データよりも紙, 紙よりも粘土板の方が場所をとり、保管条件(保存状態)を保つのに掛かるコストも高いのは議論を待たないところかと思います。

    もちろん、バビロニアの粘土板が現代に至るまで残ってくれたお陰で、彼らの物語や生活をボクらが垣間見ることできることの意味や価値はボクも認めるところでありますし、現代に生きる我々もそうした形で”何か”を残していくことで、未来に贈り物できるだろうとは思いますが。

    しかし、やはり個人にとっての『アナログ媒体』の価値は、寿命の長さよりむしろ、手触りにあるんじゃないかと思います。自らの経験を振り返ってみても、mehori さんの挙げられている例を見ても、そのような気がしてなりません。

    アナログ媒体は年を経るほどに劣化する。劣化するわけですが、そこに人間な温もりや手触り, 味わいを感じるイキモノなんではないかと。そう思う次第です。

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