Lifehacking.jp

メールを制限すると、上質なコミュニケーションが増える?

Sunday, 22 June 2008 · Comments · Unclutter

get_in_touch.jpg

An E-Mail Vacation: Taking Fridays Off | NPR

Could You Go Email-Free Once a Week? | Lifehacker

最近繰り返し考えることが、「どれだけのものを手放しても、同じだけの仕事量・同じだけの人との交流・満足を得られるのだろうか?」ということです。また頭でっかちな質問ですね。つまりはこういうことです。

例えばメール。職場ではいろいろな関係のないメーリングリストに知らない間に加えられたりして困ったことになっています。しかしどれだけのメールを自動的に削除して、Inbox に入らないようにフィルターをしかけても、実効的な仕事の速さや効果は変わらないのだろうかということをいろいろと試しています。

または RSS。現在購読している無数の記事からどれだけ高速に「最も重要な記事」だけを抜き取れるか、ということをタイマー片手に計測していますが、「重要かどうか」という判断は意外に時間がかかりますので、どうしても「1記事あたり1秒」の壁は破れずにいます。この「コスト」対「メリット」の向上はいつも気になるところです。読むものを減らすのも重要ですが、やはりある程度の絶対数以下にはできないからです。

時間がある限り、情報は汲めども尽きることがありません。だからこそ、43Folders の Merlin が “Scarcity の復権” と言っていた、「私たちのキャパシティーの 100% ではなく、せいぜい 80% くらいの情報インプットにとどめながら、100% の効果と満足を得るための情報の交通整理」の方法が気になります。

Lifehacker 経由で知った NPR のラジオプログラムで、U.S. Cellular という携帯電話会社が「金曜日をメール禁止の日」にしたという話題を目にして、このことを思い出していました。

金曜日はメール禁止!

この会社では、あえて「金曜日はメールでの連絡を禁止する」ことによって電話による連絡、直接の会話などを促進しようと考えたのだそうです。2ヶ月半の実践で、最初は反対していた人もこのポリシーが賛同するようになり、月曜から木曜の間も意味も無くメールを送るのではなく、近くにいるようだったら電話をしたり、直接合うような習慣が社員にうまれたということでした。

その結果、それまで会ったこともなかった社員同士が、似た電話番号をもっていることからお互いが同じ建物の違う階にいることを発見するなどといった、交流がうまれたのだそうです。

この話は非常に重要なヒントを与えてくれています。メールだけでなく、電話や、IM などの通信手段にはそもそも「相手のリアルタイムをどれだけ拘束しているか」に違いがあります。

メールは、自分が1時間かけてかいたものを相手が10分で返事したり、逆も然りというように、差出人と受け手に時間の差があります。電話だとそれが平等で、フェイス・トゥー・フェイスだと「場」さえも共有してお互いの注意をすべて相手に向ける、もっとも贅沢な手段です。

この話を読んでいて考えたのは、「メールを制限・制御することは、こうした上質な交流へのチャンスを開くものなのだ」というのは、単に「禁止!」というよりも前向きで、周囲の理解を得やすい説得材料なのではないかということです。相手をより拘束する手段には、それなりの気遣い生じますので、メールほど abuse が多くはならないのではないだろうかという計算もあります。

たとえば「金曜日はメールなし」というのが無理なら、「一定以上の重要な情報は口頭で知らせた上で概要だけメールすること」などのように、通信の内容・手段・手続きに一定のルールを設けることが考えられます。

メールの「緊急度」という有名無実化している機能がありますが、こうした緊急度のようなものについてチームの全員が合意し、ある緊急度以下のものは受信箱を飛ばしてアーカイブされる、電話はそもそも相手につながらない(相手がもっと重要なことをしている最中だから)といった未来がくるといいなあ、などと妄想しています。

まずは片っ端から不要な ML に私を登録してくれている身近な方から説得を開始してみようかな…。

Tags:

  • 古い記事へのコメントですみません。フトこの記事を思い出したので。

    再考したい「メールの功罪」:NBonline(日経ビジネス オンライン) :
    メール連絡の禁止令を出した部署、さてどうなった?
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/200...
  • 記事紹介ありがとうございます!
    と思ったら会員登録しないと2ページ目以降読めませんでしたか。

    この際なので登録するか、それとも...。
  • あー、この記事はボクも読みました。

    mehoriさんの記事とは、ちょっと違った観点でe-mailへの依存過剰について指摘した記事でしたね。

    ボクは同じ記事を読んでe-mailはコミュニケーション不全を作り出すか?って記事を書いた次第。ただ、ボクは「メールの功罪」挙げられている事例に対して『新しいコミュニケーションの手段や作法, 技術を積極的に身につけていくべき』という結論で考察を締めくくりました。

    Web以前と以後ではそれほどにコミュニケーションの在り方が違って、それに対して自覚的にコミットしていくかどうかで、生産性は大きく違ってしまうんだ──という思いがあります。

    ただ、確かにメールには問題もあって。

    ・ 処理しきれないほどの情報が一方的に流し込まれる(そして消化することが暗黙/明示問わず求められる)息苦しさ
    ・ 後で再利用したい情報が、必要なときにすぐ探し出せないもどかしさ(このもどかしさを味わったことがないヒトなんていないハズ, デスクトップ検索やGmailでマシにはなってますが)
    ・ パーマネントであって欲しい情報が、実質的な意味でパーマネントになりえない事実

    こういうe-mailのカカトを、きちんと分かっていれば、使い分けもできて、本来のパフォーマンスを十二分に発揮するだろうなぁと思っています。ただ、それは自分だけがわかっていても意味がなくて、情報流通のネットワークに所属する全員が理解を共有していないといけないんだってトコロが泣き所ですよね。

    そんなわけで、mehoriさんの記事に戻りますが、あるコミュニティの中で『通信の内容・手段・手続きに一定のルールを設ける』(そして理解を共有する)って試みは、結果が楽しみなところであったりします。
blog comments powered by Disqus