ユーザーを導く言葉をデザインする「UXライティング」という考え方

UX(ユーザーエクスペリエンス)は、アプリの見た目や挙動だけではなく、言葉の選び方や開示の仕方も含めて考えなければいけない。これが**「UX Writing」**という、比較的新しい分野の考え方です。

先日、丸の内WeWorkで開催されたAll Turtlesのイベントで、プロダクト担当の部長であるジェシカ・コーリアさんによるUXライティングについての講演を聞く機会がありました。

私はデザインやUXの専門家ではありませんが、お話されている内容はとても興味深くて奥深いものがありましたので、私の言葉で可能な範囲で紹介したいと思います。

UXライティングとはなにか?

ジェシカは英文学の博士号をもっているとともに、英語講師としての経験をもっており、その経験をプロダクトデザインという分野に適用するべくEvernoteにジョインしてから7年ほどUXライティングに関わってきた専門家です。

彼女によればUXライティングとは**「ユーザーが目にする言葉を設計することによって、プロダクトとユーザーのコミュニケーションをデザインする分野」**と定義できるそうです。

たとえばDropboxというサービスやアプリ全体をみると、そこには20000ワードほどの言葉があり、ユーザーがプロダクトを理解するために欠かせない要素となっています。

簡単な例でいうと、たとえばユーザーがなにかを検索する機能のボタンに対して「Search(探す・検索)」という言葉を使うのか、それとも「Filter(取捨選択する)」という言葉を使うのかは単純には決められません。ログインということばを使うのか、サインインという言葉を使うのかも、意識的に選択する必要があります。

実際にサービスが技術的に何をしているかを表現することはもちろん大切ですが、ユーザーがなにかを期待して画面を目で探しているときにその期待感に答える言葉がそこにある状況をデザインする必要性もあるわけです。

UXライティングの指針として「新しい言葉はなるべく作らない」というものもあるといいます。

たとえばジェシカは、自分の銀行のウェブサイトを開くたびに、ユーザーがなにか情報を開くためのリンクに「パネルを開く」と書かれているのが気になって仕方がないといいます。「パネルってなに!? なぜここで自分はそれを開くことが期待されているの?」といつもツッコミをいれながら使っているそうです。

言葉の選び方だけではなく、言葉によってユーザーがサービスの機能に対してもっている期待感を誘導するという微妙で難しい分野が、UXライティングなのです。

サービスの統一された「声」を生み出す

首尾一貫した「声」がサービス全体で使われていることも大事です。

ある場所がフォーマルな文体で、ある場所がくだけた表現になっていたりする場合。あるいはある場所で利用されてる用語が、別の箇所では別の言葉で表現されたいたりすると、ユーザは統一した使用感を持つことができません。

言葉の選び方でサービスの特色を表現することもできます。Discordなどはこの良い例だと思うのですが、アカウントを作る際、サーバーを作る際、そしてログインした時などに、軽妙な語り口でユーザーとの距離感をつくります。

こうしたメッセージと共に、ファイルをドラッグ・アンド・ドロップしようとするとファイルアイコンがすっと表示されて光がきらめくアニメーションが入ったり、アイコンがくるくるっと回転する様子は、Discordが主に対象としているゲーミングの世界と地続きなUXになっています。

言語的なメッセージと非言語的なメッセージもすべて統一したデザインにしている(しかもそれを翻訳している)良い例だと言えるでしょう。

こうした説明をすると、UXライティングはデザイナーと互換では? という質問がよくされるそうですが、実際にはエンジニアの立場とデザイナーの立場の両方を知る必要があるとジェシカはいいます。

その理由の一つが、ユーザーがサービスを操作して使っている際の意識を予想して言葉を作らなければいけないからだそうです。

たとえばユーザーは、画面上の文字を逐次すべて読んでいるのはなく、その場面で実現したいと考えているタスクに関連した言葉だけを目でスキャンしているので、それを適宜与えなければいけません。

基本的な機能は表層的な部分で、より込み入った言葉で表現しなければいけない機能はUIの深い場所で開示するといったように、エンジニア側とデザイナー側の両方の要求をユーザーの立場に立って解決することが必要になるわけです。

こうした作業はもちろんひとりでできるものではなく、UXライティングの仕事はエンジニアとデザイナーとマネージメントの中間に立って絶えず折衝を続ける能力を必要とするのだそうです。言語学の素養と、組織における調整能力のバランスが鍵となる仕事です。

よい例と、悪い例

講演でジェシカが紹介した一つの例が、かつてEvernoteで実際に使われていた、暗号化のパスフレーズが間違っていた場合のエラーメッセージです。これは悪い例です(そしておそらくEvernote CEOのPhilが自ら書いていた頃のものだそうです)。

あまりにメッセージが長いだけではなく、非奨励の選択肢がなぜそこにあるのか、エラーメッセージなのになにが「OK」なのかといったように、ユーザーを迷わせる罠がいくつもあります。

しかしこの悪い例を改善するには、このパネルの文言を変えるだけでは駄目だというのが重要なポイントです。このエラーメッセージが出てくる画面を選ぶこと、適切なタイミングで適切な言葉で状況が説明されていることといったように、開発しているエンジニアと綿密に調整してこの不適切なユーザーの体験を改善しなければいけないわけです。

逆に私が良い例だと思ったのがメルカリのアプリの画面でパネルを開いたときの文言です。このパネルを開く時、私はもちろん「出品した商品」「購入した商品」をまず探すのですが、過去にみた商品をなんとなく探している場合もあります。

このとき商品を「いいね」をしている場合もありますし、単に「履歴にあったはず」という程度のふわっとした気持ちでこのパネルを開いている可能性もあります。このふわっとした気持ちの先に待っているのは「いいね・閲覧履歴」という、分岐しない選択肢です。

私は「いいねとはなんだろう?」「閲覧履歴とはなんだろう?」などと深いことを考えずに、目の端に見えたこの文字を頼りに「捜し物はこちらだな」くらいの気持ちでここをタップします。この2つの機能が分岐するのはタップした先なので、逐次的に機能が開示されてもいるわけです。

よいUXライティングがされているとき、私はそれを意識することもなくスムーズにサービスを利用できているはずだとジェシカはいいます。

ユーザーをさりげなく導く言葉のデザインという分野は、まだアメリカでも考え方がそれほど浸透しているとはいえないものだそうで、今後発展することが期待されます。

こういうの得意かどうかは別として、私、こういうことをやるのはとても好きかもしれません(笑)

LINE炎上にみるUXライティングの困難

そんなイベントがあった直後にツイッターを見ていたところ、「LINEは会話の内容を自由に利用することに合意する項目をプライバシー設定に追加している!」と主張する投稿をみつけてそんな馬鹿なと思いながら調べていました。

すると、なるほどそこまで露骨に問題がある条項ではないものの、何を許可しているのかわからない設定項目があるということがわかりました。

https://twitter.com/mehori/status/1018028029795160064

この合意についてのメッセージは、アプリのプライバシーの項目の奥深くに存在する「トークルーム情報」という、いったいなんのことかわからないボタンをタップすると表示されるのですが、このデザインがすでにジェシカから学んだUXライティングの考え方を適用すると改善したほうがよいものだとわかります。

このボタンをユーザーは「トークルーム情報」とはなにかを知らないままタップしなければいけません。ここにすでに心理的な壁があります。

それでもこのボタンを押すと画面が遷移して(!)上に引用したツイートの文言が表示されます。そしてそこには「友達とのテキスト、画像、トーク内容は含みません」という安心させようとしている文言と、それに矛盾しているような「友達とのスタンプ、絵文字、タイムラインの投稿内容」「公式アカウントとのトーク内容」は第三者と共有されるというメッセージが混在していてユーザーは混乱するわけです。

おそらく法務的にはOKな文章なのですが、ユーザーからみると不安をかきたててしまううえに、アプリの中での開示のしかたも分かりづらいために誤解されて伝わっているのではないかということが推測できます。

気持ちがわかるだけに、難しいものですね。

日本のサービスの画一さにみるチャンス

こうした視点で利用しているさまざまなサービスをみてみると、日本の銀行やショッピングサイトのUXライティングは独自の言語コードを豊かにもっていて欧米に移植しづらかったり、同調的でどこか個性の感じられないものが多い気もしました。

そこそこ礼儀正しい言葉が使われているのですが、怒られないようにするために妙に饒舌だったり、特色があまりないのですね。もちろん本場アメリカでもこれはいえることで、UXライティングという分野自体がまだまだ注目されていないということでもあるそうです。

これはチャンスでもあり、こうした考えかたを独自のノウハウとして蓄積できる会社や、言語学の素養をもっているひとは今後重宝されることでしょう。

All Turtlesではこうした視点でプロダクトに磨きをかける活動もしているようですし、私はゲストライターの立場ですので、今後もなにか話題があったらご紹介できればと思います。

 

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。