なにかをやり遂げるとやってくる「お前は偽物だ」という感覚

この数ヶ月ずっとかかりきりになっていた本の刊行にようやく見通しが立って、あとはイラストカットの確認や、献本先のとりまとめなどといった仕上げの作業に入っています。

表向きは、大きな仕事を終え、祝杯のひとつをあげても文句はいわれない、多少は自慢をしてもよいタイミングなのかもしれません。

しかし、ふと気をぬくとそれはやってきます。「お前はなにかをしたつもりかもしれないが、なにを勘違いしているんだ」という心のささやきです。

「だってお前は、偽物じゃないか」

自分がほんとうは詐欺師という感覚

プレゼンテーションを上手にこなしたり本が出版できたりすると、その直後あたりからやってくるのが、そうした悪魔の声です。それは私がどのように言われると一番つらくて、痛くて、ダメージを受けるのかを知っていて、的確に急所に毒を注ぎ込みます。

「この本に新しさなんてどこにもないし、これはたいした仕事でもない」 「全力でやってこれなのか。笑い草だなあ」 「本当のところ、君がその程度だというのは周囲の人も知っていて、かわいそうだから黙っているだけだよ」

こうした妄想に近い言葉が、不合理ではあるのですが勝手に脳裏から紡ぎ出されるのです。

これはいわゆる Imposter Syndrome(なりすましシンドローム)の一種で、成功したり、なにかの仕事を成し遂げた人が自分はそれに値しないと考えるという反応として知られています。

こうした反応が生まれるのは、その人が生来持っている劣等感や完璧主義が源になっていたり、あるいは他人の評価に対するおそれへの自己防御であったりします。特に社会的に成功した女性やマイノリティが、こうした傾向をもつという調査もあります。

Imposter Syndromeのやっかいなところは、それが否定できないという点です。いかに不合理な思い込みでも、本人のなかではそれが一種のビリーフ・システム = 認知の枠組みとして機能しているからです。

しかも、成功者は誰しもがもっているといわれる Imposter Syndromeですが、当たり前ですが、それをもっているひとが必ず成功者であるとは限りません。

繰り返しやってくる「お前は偽物だ」という内心の声を否定し去る方法はないのです。否定すれば否定するほど、それは膨れ上がります。

欠けたまま試し続ける

ライフハックのブログとしては、ここで「こうすれば楽になれるよ」といったアドバイスのひとつでも書くのがいいのでしょうけれども、私にはそれができません。というのも、心の声が言っていることはすべて正しいからです。

もっとあのように書けたのではないかという不安はありますし、刊行されてから失望の声が届いたらどうしようかという不安はその1000倍くらいあります。

また、私は仕事を完璧にこなすことができる人間ではなく、むしろ欠点だらけで困っているからこそ、すがるように、自分のためにこうした本やブログを書いているところもあります。「これでお前が偽物だというのは、みんなにも明らかになるね」というささやきに対しては、自嘲気味に「そうだね」としか答えることができません。

こうした心の声を解きほぐして、多少わかりやすく書くなら、それは私が私なりに「偽物ではない自分」になりたくて精一杯の真似をしていることから生まれるものでもあるのです。

完璧なものが届けられると思ってのことではなく、偽物ではないと証明するためでもなく、それが不可能だと知ったうえで、成功と達成の真似をなぞってみている感覚です。

私自身には欠けた部分があって自分で自分を満たすことはできませんが、本を読んだ読者の中にその欠けた部分を埋めるピースがあって、奇跡のような一致をみることがあるならば、きっとそこには私が思い描いていた、目指していた完成があるはずです。それだけが、こうして本を出すことの希望といってもいいでしょう。

私はひとまず筆をとり、出来るだけよいと信じているものを書いて、筆を擱いただけです。それが本当の意味で完成するのは、それを読んだ人の心の中でのことなのです。

私はそんな期待をしつつ、欠けたまま、満たされないまま、試し続けます。きっともう一度。さらにもう一度。人生においては試し続けることだけが、確かなことだからです。

というわけで

週末のうちには予約開始するかなあ。というのをまっているところです。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。