Evernoteのプライバシーポリシーにまつわる混乱の背景にあるもの
もう先々週のことになりますが、Evernoteがプライバシーポリシーを変更する、しかもその内容がユーザーに対して一方的なもので大きな批判を浴びるという事件がありました。
その後、Evernote CEOのクリス・オニールが事情を説明し、批判を浴びた部分については見直すという発表をおこなって多少は炎上が収まったようにみえるのですが、本質的な問題はそのままになって残っています。
いったいなにが問題だったのか? 今後も Evernote を信頼して使い続けていいのか? について個人的な立場で考えていることをまとめておこうと思います。
問題となったプライバシーポリシーの変更
今回問題となったのは、当初2017年の1月に発効を予定していた新しいプライバシーポリシーです。この内容についてはブログ記事などの告知はなく、送信されたユーザー向けのメールのなかで説明が行われていました。
その骨子としては、今後機械学習を軸とした新機能を開発する上で、必要なプライバシーポリシーの変更を行うというものです。しかし多くの人が驚いたのは、そのために必要に応じてEvernoteの社員がユーザーのノートの内容を確認する可能性があるという記述があったためです。
限定された社員がノートを見る可能性があるのは「トラブルシューティングと機能改善のため」で、ランダムなノートを管理された環境下で見るという説明とともに、これに同意しない場合はオプトアウトすることも可能だという説明がされていました。
誤解がないように付け加えると、すでにEvernoteのプライバシーポリシーは、警察の捜査などといった場合において、あるいはスパムやマルウェアなどの可能性がある場合に、ノートの内容をEvernoteあるいは法的機関が開く可能性があることがちゃんと明記してあります。
今回の改定が物議をかもしたのは、その範囲が「機能改善」という曖昧な理由で広げられ、ランダムに社員がノートをみることができるなら、プライバシーの前提がそもそも崩れてしまうという危惧があったためでした。守秘義務のあるような仕事でEvernoteを使う人も多いわけですから、困るわけですね。
こうした怒りの声をうけて、すぐにCEOクリス・オニールから、今回の改訂は1月には行われないこと、また、こうした人力の auditing が行われる場合は必ずオプトインで、賛同者に限っておこなう仕組みにすることが発表されました。
プライバシーについてのアクションプランも発表されましたが、どことなく力強い頭文字が並んでいるだけで、今回の迷走がどこからきたのか、どうしてこうなったのかについては説明がありません。
Evernoteの理念に立脚するなら、なぜあの改訂でユーザーが怒らないと一瞬でも考えることができたのか、そちらのほうがよっぽど不思議なのに。
Evernoteの有用性の限界と、機械学習に期待される打破
今回、なぜプライバシーポリシーの必要があったのか、そしてそれを延期することでEvernoteはどんな回り道をすることになるのかを考えるのは重要です。
一つには、Evernoteはユーザーが自分にとって重要な情報をクリップして保存することには便利であるのに対して、保存された情報を活用することについてはまだそこまで機能が進化していないことがあげられます。そこにEvernoteの焦りが見え隠れしているのです。
これについては5年前のこの記事で、紹介していました。ブログでは繰り返し記事にしてきました。
Evernote がもっている、Googleをも凌ぐアドバンテージ
このときの図がわりと人気ありましたのでもう一度作り直すとこのような説明になります。
Google はウェブ上にパブリッシュされた、クロール可能なものしか検索できません。いまは Facebook、Twitter などといった SNS の情報もありますが、それにしても構造は同じです。
しかし、ウェブに出ているものだけが、個人個人が大事に思っている情報ではありません。むしろ、そういった個人の興味や価値観に近いデータはEvernoteの中に記憶として保存されていて、Googleはそれがブログの記事やつぶやき、あるいは地図上のチェックインといったアクションになって初めてクロールできるわけです。
つまり、情報の集積点という意味では Evernote も Google も同じなのですが、ベクトルの向きが逆なのですね。そしてEvernoteは個人のデータの根っこにいるのに対して、Googleは行動の結果しか見えていない分、そこに遡及する方向でしかたどりつけません。 それに対して、Evernote はユーザーの興味に直結したもっともプライベートな情報に直接アクセスできるのだから、その価値はGoogle以上のポテンシャルをもっているという話です。
しかしこの個人的な、宝の山のような情報も、活用できなければ意味がありません。そしてEvernoteはこれまで、ノートブックによる整理、タグによる整理、画像内の文字列検索などといった手法でそれを整理してきました。しかしそれも限界をある時点で迎えます。
象は羽ばたけるか。Evernoteの未来への漠然とした不安と期待
つまり、クリップした膨大な情報を活用するための近道を生み出せないなら、Evernoteのなかにノイズが集積して利用不可能になるのです。これを避けるため、そしてノートの中身が何を意味しているのか、どんな情報に関連しているのかを知るための機械学習のはずでした。
それが実現すれば、クリップした情報が自動的に整理される、関連した情報をどんどんと勝手に集めてくれる、本当にアクティブな第二の脳がつくりだせるのです。
イノベーションが5年遅れている状況
しかし困ったことに、こんなことはもう数年前からわかっていたことだと言うのに、Evernoteはそうした開発にようやく着手するばかりという印象を受けます。Related Notes の機能はありますが、それだってもう2012年に発表された機能ですよね。
スタートした当初、「日本語の画像内文字列検索機能に対応する」と発表を行ったあとで、たまたたサンフランシスコに行くことがあったので、Evernote本社を訪問したことがありました。
すると驚いたことに、開発すると発表した頃にはすでに基本的な名刺の日本語画像検索には対応していて、「君の持っている手書き画像をランダムに提供してもらえないか」と相談されたのです。
今回は、こうしたプライバシーポリシーに変更が加えられる頃にはすでに設計が半ばできていて、あとは大量のデータを食わせて調整してゆくというのではどうもなさそうです。
この数年、新しい機能を発表していないEvernoteですが、この機械学習的なノート内検索もまだプロダクトになるようなものが開発できていないとみてよいでしょう。辛辣にいうなら、それでも投資家向けには「なにもしていません」では済みませんので「準備中です」というポーズをとっているのではないか? そんなことさえ思ってしまいます。あくまで推測ですが。
しかし世界は待ってくれません。Google Photosを開いてみてください。
写真をアップロードするだけで、なぜか写真が場所で、人物で、状況で分類されています。「船」と検索すれば船が入っている画像が検索され、「空」と検索すれば青い空がうつった写真が検索されるのは当然です。
でも、「パーティー」と検索したらバースデーケーキやダンスする群衆がうつっている写真が選ばれ、「旅行」と入れるとふだんの生活空間とは違った場所で撮影された写真を表示するのには気づいてましたか? あるいは「イラストレーション」で検索すると、写真とイラストを分けてくれることも。
これはGoogle Photosが写真の意味にまで踏み込んで情報を蓄積しているからできることです。一枚一枚の写真のコンテクストを理解しようと試みているからこそ、そうした多少曖昧な検索にも対応できるのです。
いまユーザーは「どうしてわかるんだろう?」と不思議に思っている程度です。でも来年には、検索とはそれくらいのことは当然できるものだと、私たちの常識の側が追いつくはずです。
もうすでに、私は写真を探すのに手元の Lightroom を使うことはまれです。写真はまず Google Photos で探して、必要なら(たいていはその必要はありませんが)手元の RAW 画像を開くのです。そのほうが速く、的確で、なによりも「自分が探しているのはこれだ」という信頼性があるからです。
現時点で、Evernoteはまったくその状況に追いついていません。時間にして5年ほど停滞している印象を受けます。まさに2011年に感じていた問題に対して、手が打たれていないのです。
OneNoteを開発しているMicrosoftはすでにこの分野で強力な技術をもっています。Googleだって、Google Keepを地味に開発中ですし、最近のmacOSの「メモ」アプリは簡易Evernoteに匹敵する機能をすでにもっています。
Evernoteにはまだまだ多くのファンと、相対的な優位性があります。ウェブをクリップして編集可能なノートにする技術、サードパーティーのデバイスとの連携についてはEvernoteにまさるものは今のところありません。
しかし近い将来、その状況は逆転してしまうかもしれません。そんなことが起きなければよいなと思いますが、そうなったとしても、私はあまり意外には感じないはずです。
プライバシーポリシーでつまずいてる場合じゃない! どんどん増してゆく情報をよりすばやく整理する方法を、ぜひ開発していただきたいと思っています。
(捕捉: 私は Evernote Community Leader、旧Evernoteアンバサダーの立場ですが、本稿はさまざまな記事から推測できる範囲で書いており、ECL の立場で知り得た情報はここには含まれていません)