倉下忠憲さんの「Evernote小説」の4通りの読み方
スクリーンショットが一つもないEvernoteの本と聞くと、ちょっと奇妙な気がするかもしれません。
ブログR-Styleの倉下忠憲さん(@rashita2)の「ズボラな僕がEvernoteで情報の片付け達人になった理由 」(シーアンドアール研究所)はストーリー仕立てで、全編文字だけでEvernoteについて解説した一風変わった本です。
しかしこうして通常ではない構成を採用することによって、他の本が到達できない深みを獲得している珍しい例でもあるのです。
ストーリーと解説が交互にやってくる
ストーリー部分の構成はありがちで、シンプルです。入社三年目になっても取引先の名刺をなくすくらいに情報整理が苦手な主人公、林くんは、みかねた上司から先輩である葉梨さんに相談にいくようにと指示されます。
美人ですがそっけない先輩は、造作もなく林くんが探していた名刺情報を Evernote を使って探しだしてみせます。その手際のよさに驚嘆し、先輩の使っていたツールに興味を持つところからストーリーは始まります。
こうしてEvernoteと出会い、インストールし、情報を入力してゆくストーリーが、その都度対応している機能部分の解説パートと対になって理解を進めてくれます。
本当に、スクリーンショットは一つも登場しません。すごい力技だこれ。
ストーリだから踏み込めた「記録」と「記憶」の意味
画面の説明なしにどうやってEvernoteの解説本がなりたつのかと不思議になるかもしれません。実際、Evernoteにまったく触れたことがないという人にはなんのことかわからない部分もあるでしょう。
しかしストーリー仕立てになっていることによって、通常の本は画面に対応した機能の解説に紙面を使ってしまう部分が、機能のもつ意味にまで踏み込むことに成功しているのが、本書の特徴です。
たとえば、Evernote初心者の頃は、とにかくなんでも情報を放り込んでおけばひとりでに価値が生まれると考えがちですが、実のところ情報の価値は保存した段階では決まりません。
興味をもったものを蓄積し、情報と情報との連携が構築されてゆくことによって、少しずつEvernoteのなかにある記録の価値は高まります。しかしこれはやや抽象的なので、画面や機能の解説から踏み込むのは難しい側面なのです。
それをストーリー仕立てで解説すると、たっぷりとページを使って、ウェブクリッパーのボタンを押す瞬間の衝動にまで焦点をあわせて追体験できるわけです。これがストーリーのもつ力なのです。
4つのレベルで、本書を楽しむ
通常の解説本では不可能な抽象的な部分に踏み込めるおかげで、この本には楽しみ方が複数生まれます。
ひとつ目は、Evernote の初心者として、Evernote の機能のもつ意味を初めて知るときの気持ちで本書を読むことです。すでに使い方をしっている人もいちど記憶を消したつもりで主人公の目を通してEvernoteを発見してみると、自分の経験に付け足す部分が見いだせるかもしれません。
ふたつ目は、Evernoteの機能を知っている立場で、機能と機能の有機的なつながりを再確認する読み方です。タグを使いこなせていない、ノートブックの整理の仕方で悩んでいるという人が、葉梨先輩の導きでこれまでの経験をリセットするという読み方といってもいいでしょう。
3つ目、ここからがディープな読みなのですが、主人公のメンターである葉梨先輩は実はあまり積極的に教えてくれるタイプではありません。最低限の情報を知らせると、あとは「好きにすれば?」と放り出してしまいます。これはもちろんワザとで、Evernoteは使う人それぞれに違う使い方が生まれることを念頭に、こちらの使い方を枠にはめないように導いてくれているのです。
Evernote について詳しく知っている人は、なぜ葉梨先輩がここでは突き放し、ここでは解説をして、どちらの方向に読者を導こうとしているのかという、彼女のEvernote観を自分のなかに再構成するという読み方ができます。
本の中で言葉として明示されるわけではないのですが、葉梨先輩にはベースとなる哲学があって、常にそれに対して誠実であらんとしています。それを読み取れると、Evernoteのような情報ツールをなぜ使うべきのかという根源的な問いにも答えが見えるのです。
4つ目のレベルはもちろん、主人公の林くん、葉梨先輩、上司の榊田課長、居酒屋の常連客のリンさん全員を動かしている著者の視点です。
ストーリーに弾みを与えるために登場人物に与えられた特徴や欠点や動機は、ほとんどが解説パートで回収されています。そこに著者のEvernote観、つまりは「Evernoteはこういうことをするためのツールだ」という考え方が反映されているのです。
Evernoteは奇妙なサービスで、この、何を求めて使うのかというユーザー側の動機がつよく反映するという特徴をもっています。「Evernoteを使いこなせていない」というよくある感覚も、この動機と利用とがうまくつながっていないときに惹起される感情といっていいでしょう。
慣れたひとは、ストーリーの流れと解説パートの流れを追うことで、著者のもっているEvernoteを使う動機を知ることができます。これこそが、機能や小手先のテクニックを越えた、**「Evernoteの使い方を知ること」**といってもよいのです。
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