個人がスタートアップ企業のように生きるための3つの柱

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世界はますます先が読めない、大きな濁流のようになっています。「会社」や「制度」が私たちを守ってくれる時代は終わり、一人一人が好むと好まざるとにかかわらず、この流れにのまれている…。

そんな時代だからこそ、個人もスタートアップ企業のような柔軟さと、戦略をもたなくてはいけない。そうした具体的な提案にあふれた本、「スタートアップ! ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣 」の著者であり、LinkedInの創業者でもあるリード・ホフマン氏の来日イベントに先週出席してきました。ご招待くださった日経BPさま、ありがとうございました!

ちょっと早めに出かけたので、対談相手となった楽天の三木谷社長、司会を務めた住吉美紀さんとの会話を最前列で楽しむことができてほくほくです。イベント自体は著書「スタートアップ!」の内容に寄り添いながら、日本固有の部分について三木谷社長に質問する形式で進められ、とても考えさせられるものでした。本書の内容の表層をなぞってご紹介したいと思います。

スタートアップのように生きるために (1)3つの「強み」の組み合わせ

日本でもよく、高齢化などといった社会構造の大きな変化にともなって若者の仕事環境が大きく変わっているという話題が取りざたされますが、似たような状況はアメリカでも発生しています。

こうした、視界不良と変化の大きな世界にあっては、**「『自分のキャリア』をスタートアップと同じように舵取りしているつもりで発想し、行動する必要がある」**と著者は冒頭で提案します。

具体的に本書では大きく3つの戦略が述べられているのですが、その第一が「3つの強み」、大志・資産・市場環境をバランスさせるということです。

  • 大志: たとえばGoogleが「世界中の情報を整理する」というビジョンをもっているように、個人レベルでも似たような未来へのアイデア・ビジョンをもつことで、「自分はどういう問題を解決する人間か」を明確にする。同時に、上記のGoogleのビジョンのように、市場にあわせた具体的な順応方法や改良の余地を残しておく

  • 資産:知識や人脈といったソフトな資産と、キャッシュと手持ちの資材といったハードな資産によって、どのくらいの時間スケールで手始めに何ができるかが決定される

  • 市場環境:上の二つで提供できるものは、どれだけ実社会で必要とされているのだろうか? 必要されているとして、競争に比べて大きな価値を提供できるだろうか?

実はスキルにせよ、資産にせよ、ほとんどのスタートアップ企業がすべてをそろえてから起業できないのと同じように、個人もこれをすべてそろえている必要はないわけです。

大事なのはとりあえず帆をはって航海を開始できるだけの推進力を作れるかを、この3つのバランスで考える必要があるというわけですね。

スタートアップのように生きるために (2)順応への ABZ プランをもつ

これだけ変化が激しい世の中だと、従来の「7つの習慣」のような自己啓発的な考え方は無益というわけではないにせよ、不都合な面もあると著者たちは指摘します。

たとえばこうした旧来の自己啓発にひそむ、「未来は現在の延長線上として予測しうる」「揺るぎない自己像を正確につかむのは簡単だ」といった前提は今の現実の前にはもろいというわけです。

そこで、Flickr が最初はオンラインゲーム会社としてスタートして、後にその強みを写真共有サイトとして結実させたのと同じように行動すべきだと著者たちは提案します。

個人もスタートアップ的に考えて、プラン Aと、状況の変化に対応して繰り出すプランB、そして緊急脱出的なプランZが必要だというわけです。

これらのプランはあらかじめ石に刻んだように明快に決まっている訳ではなく、走りながら常に修正してゆくものでもあるのです。

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スタートアップとして生きるために (3)ゆるやかな人脈を広げる

いまの変化が生み出した副産物として著者たちが指摘するのが、組織への忠誠という上下方向のつながりよりも、スキルや経験といった形で横方向に広がるゆるやかな人脈のつながりの方がリアルで当てになるという状況です。

ここでもちろん、LinkedIn の話になるわけですが、たとえ特定の SNS に依存しなくても、「身の回りにプログラマーはいるか」「知っている人にサイト構築ができるひとはいるか」という質問への答えは、10年前に比べて明らかに現在の方がネットを介して近づいている気がします。

昨日の DPUB の記事でも書いたように、目的をもって探せばネットで必要な才能に出会うことは案外簡単で、これを利用しない手はないというわけですね。

本のほうではどのようにしてこの人脈を考え、広げるかといった具体策についても述べられています。

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個人とスタートアップはどこまで相似形か

イベントでは、これらの3つの柱について三木谷社長から楽天創業時の苦労話や、どのような点が似ているのかといった話題が出てきて、本書の内容が日本の現実にも適用可能だという点が強調されていました。

もちろん、個人はスタートアップ企業と違ってたたんだり、また立ち上げてみたりといったことはなかなかできません。いや、たたむって…どういうことというか、深くは考えたくありません(笑)。

また、一人の人間がどれだけ状況(社会、市場)を相手にスケールできるかというのも難しい話ですよね。そこでゆるやかな人脈を広げようという話になるのだと思いますが、知り合いがいる = 力を借りられるというわけではなく、そこにはそれなりのバリュー・プロポジションが必要なわけです。個人でそれはどこまでできるのか。

といったように、この相似形はどこまで有効なのかには疑問が残るのですが、一読して本書はこれらの問題についてもとても真摯に語り尽くしている本だという印象をうけました。

なによりも、どこか箱庭的な自己啓発ではなく、いまの濁流のような市場を見据えたキャリア論として、参考になる話題がつまっています。

ますます切実な今こそ必要なのは、みせかけの「答え」を与える本よりも、こうした現実への対応を提案する本なのかもしれませんね。

スタートアップ! ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。