自分の本棚を探して

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私にとって、自分の父はいつもあこがれの存在です。

あこがれが強いからこそ、かなり長い間抵抗したり反抗していた時期もあったのですが、そもそも私にそうした気持ちを起こさせたのが父の本棚でした。

学生時代は一日一冊の読書をしていたという父の書棚には和辻哲郎の全集や、珍しい稀覯本、海外の小説や詩集、そして父の生きた時代を反映した思想書が並んでいます。最近見かけるようなパラパラとめくっているうちに半時間で読めるような本ではありません。小さな旧字体の活字が一杯に詰まっていて、一つ一つに丁寧に手で書皮がつけられている本は少年時代の私に強い印象を残しました。

「自分もいつかこんな本棚を作る」私にこうした思いを抱かせ、知的なものへの渇望を与えてくれたものこそ、この本棚だったのです。しかしその渇望は、思い切り間違った方向に私を導きました。

自分の本棚との出会い

大学生から大学院生時代の大半、私は生活費のほとんどを本に費やし、今も背にしている本の山を築き上げたのですが、「買って読む」よりは「本を所有していることに満足する」ために買っていたようなものでした。それもそのはず、私は自分が何になりたいのかをしらず、ただ闇雲に父の本棚を超えたい、超えたいということしか考えていなかったからです。

私の本棚は冊数だけでは父を越えましたが、心の中に空いた貪欲感はまるでおさまることはありませんでした。我ながら、生意気で微笑ましい時代です。

多くは書きませんが、転機が来たのは文字通りの転落事故で大怪我をしたときのことでした。心のなかで何かが折れてしまい、なかなか突っ張ることができなくなったことがゆっくりと私のなかで変化を起こしていきました。

それまで好きな音楽はときかれたら「クラシックを聞いている自分」を演出するために「クラシック」と答えていた心に裂け目が生じて、実はテクノ好きな自分を意識し始めました。古典文学や思想書をかっこつけて読んでいる以上に、マニアックでどうしようもない本を楽しんでいる自分に以前ほどの嫌悪を感じなくなってきたのです。

たぶんこのあたりで、私は「自分の本棚」にやっと出会えたのではないかと思います。

誰もが自分だけの本棚をもつ

なぜこのような話を持ち出したのかというと、先日ブログ Find The Meaning Of My Life の @kazumoto さんのエントリー「歳相応になれない自分」を読んで、自分の学生時代を思い出したからです。父に憧れつつ、どこかで父を憎みながら、財布をはたいて「自分の中にないもの」を探していたあの時代を。

偉そうに聞こえたらすみません。でも私は、きっと「父を越える」ことも、「あのブロガー」を越えることも、心のそこから憧れている「あの人」に追いつくこともできないのだとどこかで気づいています。そしてそのことに最近、焦りを感じながらもどこか安心しています。というのは、追いつかない二人が出会うように、この世はしくまれているからです。

科学の世界では、すべての知識に通じている人は往々にして器用なだけで学者としてはなかなか鳴かず飛ばずということがあります。むしろ世界に数人しか理解できない最先端の、すなわち針の糸を通すように狭い領域で戦っている人ほど、なぜかさまざまなことに洞察を閃かせ、そうした学者同士の会話から新しい世界がひらけたりします。

これと同じで、私はこのまま自分が他の誰でもない「自分の本棚」を極めていくことだけが、憧れの場所に近づく最短の道なのではないかと思っています。その結果、私は父でもなく、あのブロガーでも、あの人でもない違うものになっていき、相対的な比較の基準は失われ、単位系は限りなく「私」という0次元の世界に集約されてゆくでしょう。でも最終的に孤独になるその道だけが成長を導くのではないかと信じています。

最近実家にかえるたびに父の本棚をみていると、むかし感じていた脅威や、この場所を簒奪してやろうという敵愾心は失せていることに気づきます。そしてむしろ「なんでこんなもの読むんだ?」とか「おお、これは自分の本棚にも置きたいな」という視点でみていることの方が多いのです。

まだまだ、私は自分の本棚を作っている途中です。@kazumoto さんもご自身の本棚をお持ちだということはブログをみればわかります(ブログおすすめですよ!)。このブログをお読みの大勢の人が「自分の本棚」を持っていることでしょう。そしていつか出会うのです。「自分の本棚」をもった人同士が。

もうそこには二人を比較する意味なんてありません。心ゆくまで、語り合おうじゃないですか。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。