なぜヒトにとって整理することは難しいのか?

attention-circle.png Why is it so hard for human beings to get organized? | GTD Times

「整理する」というのがこんなにも難しいのはなぜだろうか? 散らかった机をまえにそんなことを考えたことはないでしょうか。

GTD Times でおなじような質問をしていた人がいて、それに対して David Allen さんが非常に深い答えを返していたので、紹介します。

まずは質問はこちら。

質問: GTD の本は読んだし、いつも実践しようとしているけれども、なんでこんなにたくさんの努力や、手間がかかるのでしょうか。人間にとって「整理」というのがこんなに難しいというのは、それは人間の本性に逆らっているからだということはないですか?

これに対する David Allen さんの答えがこれ。深い意味を理解するのに2、3回は読み返さないといけません。

すべての人は現時点で必要十分な程度には「整理」ができているのさ。内面で「いまこれが気になっている」というものが外界において対応する程度には。

「整理ができていない」というのはたまたまその時点で注意のそとにあるものに関してだけと言うことなんだ。言い換えると絵描きは絵筆を、漁師は釣り道具が、ゴルファーはクラブが「整理」できているわけだ。

君が周囲にあるすべてのものについて、これとおなじくらいの注意をさけるようになったら、たぶん「整理」が難しいという感覚も消えてゆくだろう。

「7つの習慣」的な図で表現すると上の図のようなことかもしれません。私たちのふだんの注意が届く範囲が内側の輪で、周囲に散らばっているものが外側の輪です。

ふだんはすべてのことに注意をさくことなんてできませんので、この内側と外側の差の分だけ「整理できていない」という感覚が残ります。

David がいうのは、この「アテンション」の輪は拡大することができるので、それが十分に拡大すれば整理できていない部分も減るのではないかという点です。

僕は David があえて言わずに残していた部分に、この外側の輪を小さくすることがあるのではないかと思います。

つまり「向き合う」べき雑用、雑事、つまらないコレクション、どうせ着ない8割の服、「念のため」残しているけれども5年以上触れたことのない書類を捨ててしまえば、外側の輪が縮んで、やはり内外の差から生じる「整理できていない」という部分は減る気がします。

服なら「もう何度これを着るの?」、雑誌なら「この中身をまだ利用するの?」、書類なら「原本をおいておく意味があるの?」ということでしょうか。

つまり整理するときの根源的な質問は「どこに保管しよう」ではなくて、「この物にどの程度のアテンションを割くことをよしとするのか?」ということになるのかもしれません。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。