仕事をはじめるときの呪文「心配事にエサをやらない」

先日の「とにかくβ版を出してしまおう」で書いた一件があってから、ふと思い立って科学論文を書いたことがない、あるいは書くときに苦しんでいる人(自分含む)のための論文作成ガイドのようなものを Keynote プレゼンテーションの形で作り始めました。自分自身が迷ったときのための指南書といったところです。

研究論文に特化した本としては、酒井聡樹さんの「これから論文を書く若者のために 大改訂増補版」 がありますが(若い研究者のみなさん、非常におすすめです)、本という形は多少冗長なのと、自分の分野のためのものを作りたいと思って、一気呵成に40枚近くのプレゼンテーションを作りました。

書いているうちに思い出したのは、論文をまだ一行も書いていないのに、とりくむ作業の大きさに恐怖してなかなか仕事を始められない、あるいはゴールテープを自分で先送りしてしまう心理状態が、論文、いや仕事を始めるときの一番の敵だな、ということです。一言でいうなら、「心配事にエサをやらない」ということになるでしょうか。

仕事を始めるまえの仕事に対するイメージ

これから何か大仕事にとりかかろうという時は、実にエキサイティングな一瞬です。「これから何が始まるのだろうか」、「何をしようか」、「さあ、やってやるぞ」、という気持ちが充実してきます。

ただ同時に、先行きが見えないだけに心配事や不安が忍び込んでくる一瞬でもあります。その仕事が自分にとって大事なものであればあるほど、「失敗できない」、「すばらしいことをしなきゃ」、「周囲の期待を超えなきゃ」、「もっと大きく考えなきゃ」というイメージがふくらんできます。

健康的なレベルで維持できるならこのプレッシャーは、自分を格段に成長させてくれます。「100回の練習よりも、1回の実戦」というわけです。しかし制御していないと、そのうち下の図のようなことになってきます。

まだ何も始める前なのに、「どんな成果が出せるのか?」と成果ばかりが走っていたり、「かっこよくできないか」と欲がでたり、「すごい成果を出さなきゃ」と思うあまりに、なんだか思考が関係ないことにまではみ出しています。

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落ち着いて考えると、実際のところ最初の段階で求められているのは、たいてい一つの仮説と、効果の見積もりだけです。つまり、「このようにしたら、きっとこのくらいの効果がでるはず」という思考ですね。あとは、この二つの間に一本の線を描くだけです。

BHAG とのバランス

よく、プランニングの段階では「大きく考えて」、BHAG (Big Hairy Audacious Goal、ビーハグと発音)、つまりは想像を超えたすばらしいゴール設定をすべしなんて話があるわけですが、すべてはバランスだということになります。

ハードルを高く設定しすぎて、ハードルの高さに恐怖しているようなら、もっと低い段階から始めるのが当然ですが、逆にハードルが低すぎるなら、それは人にも評価されませんし、なにより自分が自分に対して持っている評価を低くしてしまいます。「自分はこの程度でいいや」という具合に。

大きなゴールに向かおうとしているときにはぜひ、Don’t feed your fears、つまり自分で自分の恐れや心配事にエサをやらない、というのを一つの呪文のように唱えて、恐れを目から拭ったときの適正なハードルの高さを見極めたいと思います。それが自分の充実感にもつながりますし、周りの人もそういう仕事の仕方をしている人に触発されるものですので。

「まだいけるぞ」という自分の限界ぎりぎりの線を見極め、こまめにゴールを設定し、段階的に、計画的に自分を成長させてゆくのは、なんとも難しい曲芸ですが、究極の自分ハックのようで発想自体が楽しいですね。次の論文で自分もそういったことを意識してプロジェクトの立案ができればと思います。

そういえば、上の逆バージョンで、仕事を始めるときの充実感が好きなだけで、たくさんのプロジェクトを始めるけれども風呂敷をとじることができない、というシンドロームもありましたが、これについてはまた別の日に。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。