[LifeHacking Diary] とにかくβ版を出してしまおう

先日、おおぜいの大学院生の研究をポスターでみる機会があり、私も気になっている一人の後輩の研究の進捗を見るために足を運びました。

この非常に有能な後輩は、世界でも彼以外には誰も持っていない独自のデータを持っており、科学者にとって命ともいえる、オリジナリティでは申し分のない研究をしている方です。ただ、なぜか論文を書く段階でとても手間取っているように見えたので、ひとしきりポスターの前で議論をしてから、今どんな調子なのか聞いてみました。

「ところで論文は何ページくらいかけてるの?」 「いま、煮詰まっていて…45ページくらいです」 「45ページ!?」

途方もない数字に驚きました。科学論文にはレターといわれる短い論文とフルペーパーといわれる長い論文があります。人にも、内容にもよると思いますが、彼の書いている種類の論文の場合 45ページという数字はゆうに論文2、3本分の分量になります。もちろん英語で書かれていますので、並大抵の苦労ではなかったはずです。

どうしてそこまで長いのかときいてみると、どうやら「人より時間がかかっている分だけクオリティの高いものが求められていると思っていた」のと、「他の人の研究とどのように関連づければいいのか考えあぐねていた」というのでした。

事実はさにあらずで、彼が人に比べて非常に時間がかかっているということはありませんし、自分だけのオリジナリティがあるのですから、人の研究をそれほど気にする必要はなかったのですが、「人はどう思うだろうか」という場所に落ち入った結果、恐れがここまで原稿を肥大化させて、完成することを困難にしていたのです。

これは自分にもあまりに思い当たることの多い罠です。自分にとって、今まで仕事でぐずぐずしたり、現実逃避をするのは、決まってその仕事に 100% の自信がなく、誰かに欠点を見抜かれるのではないかと恐れているときでした。

仕事ができないダメな人間だから仕事がぐずぐずするのではなく、むしろ逆で、自分の仕事に誰よりも早く自分でケチをつけ、「こんなんじゃあ、だめだ」という完璧主義と、他人に批判されるのではないかという恐れから、仕事をリリースするくらいなら遅らせてしまおう、という負のスパイラルに落ち込んでしまうのです。

43Folders では、こういう恐怖と完璧主義に付け入るすきを与えず、とりもなおさずβ版の仕事、“Shitty first draft” (くそみそな草稿)を一気に作り上げてリリースするのがいいと随所で紹介しています。

先日紹介した「なぜか仕事の速い人の習慣」に乗っていた「締め切りを自分で決めて前倒しで仕事をする」という項目への反応に、「わかってはいるけど、なかなかできないよね」というのが多くみられました。

私もそんな一人です。でも、β版だったらだせるかもしれない。存外、β版でも認められてしまうかもしれない。認めてもらえないなら、謙虚にちょっと手直しして、もう一度β版をリリースすればいいじゃないか。いま完璧にしなくてもいいんだよ。

存外、このように<仕事/課題>に対するイメージを変えてみるところから、「仕事を前倒しで実行する」習慣は身に付いてゆくのかもしれません。

例の後輩は「君は大丈夫だよ!その半分の分量でいいんだ!」と突っ込まれると、肩の荷が下りたような顔をしていました。積み上がった原稿から最も自信のある部分を20ページほど取り出して、すぐにも投稿しよう。そんなことを話しました。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。