iPhone Xはスマートフォンの向かうべき未来なのか。それはFace IDにかかっている

最初は買うつもりがなかったのです。実際、予約が始まる10月27日の午後まで、私はiPhone Xを買うつもりはありませんでした。

気が変わったのは、アップルのマーケティング戦略に踊らされたというのもあると思いますが、どうしても気になる点があったからです。それはこれが「スマートフォンの未来」だというアップルの主張です。

アップルはこうした、英語でいうところの outrageous、すなわち法外な主張を基調講演で繰り出して、注目を集めるところがあります。その80%はもちろんイメージ戦略なのですが、あとになって考えてみるとその通りだったということが20%くらいは含まれていることがままあります。

「ノートパソコンにCD-ROMなんてもういらない。ソフトウェアはすべてダウンロードでインストールするものだ」「スタイラスだって?指があるじゃないか」はその有名な例といいでしょう。発表当時はなにかと批判され、揶揄されたものの、結局はそのとおりになってしまったことがいくつもあるのです。

クックCEOがいう、「Smartphone of the future」という言葉には、試してみたい何かがあったわけです。ここでいう「未来」とは、もちろん時間的に数年後という意味ではありません。

それは iPhone が、スマートフォンが向かうべき「行き先」としての未来です。それが気になった私は、最後の瞬間に気が変わってiPhone Xを予約していたのです。

今回は一週間利用した印象をまとめることで、この行き先としての未来がなんなのかについて、徒然に考えてみたいと思います。

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iPhone Xを一週間使って

今回注文したのは、iPhone X スペースグレイ 256GBです。これまで使っていたのは iPhone 7 Plusですので、サイズはこれまでよりも少し小さくなり、持ちやすくなりました。

iPhone Xをはじめてポケットに入れた際には、これまで無理なく利用していたとはいえ、やはり Plus はすごい存在感のある大きさだったのだなとあらためて思いました。

ディスプレイとデザイン

iPhoneで初の採用となる OLEDスクリーンは海外のレビューでも書かれていたとおり、まるで店頭のモックアップにみえるほど、嘘くさくみえるほどに鮮やかで表面に浮き上がって見えています。

これはiPhone 7 Plusなどと比べると明らかで、これまではほんの少し、表面から沈んだところから発光していたようにみえたのが、このスクリーンは本当にガラス面のうえにそのまま印刷したようにみえるほどです。小さな違いなのですが、受ける印象はまるで変わってきます。これまで以上に、私たちは画面上のUIに触れているような感覚をもつことができるのです。

ワイヤレス充電も可能になった背面の感触や、ボディ全体の質感は、私がこれまで iPhone 7 Plus のジェットブラックをつかっていたこともあって、それほど変化がないように思えます。ジェットブラックを触ったことがないひとに伝えるならば、漆器のように吸い付く感触といえばわかりやすいかもしれません。

とはいえスクリーン側と、背面とをボディに接合している部分には紙一枚分ほどの段差があり、ここに時間とともにゴミや傷がつくことも、これまでの経験からわかります。

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スクリーンの上の切り欠きは、見逃しようもなくそこにあるのですが、すぐに慣れ、無視できるようになります。アプリ側の対応しだいというのもありますが、本当にこれは、この上の部分は画面の一部分ではないかのように意識が扱うようになってくれるのです。もっとも、そのせいで横向きにiPhone Xを使っている際にどちらが本体の上側なのか見失うことがよくあります。

背面のカメラの突起部分は、iPhone 7 Plus のように斜めに傾斜してはおらず、あとから貼り付けられたように板状に飛び出しています。私としてはデザイン上の不満はここが一番大きく、どうしてもケースを使わないとカメラ周辺に傷が付きそうではらはらとしてきます。

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新しいジェスチャ

iPhone Xでホームボタンが消えたことによってうまれた最も大きな変化は、言葉にしにくいものです。それはiPhoneの身体性とでもいうべき、iPhoneを見つめる際に「どこまでが本体か」という感覚の変化です

これまでは、無意識にホームボタンの部分や、上部スピーカー部分は画面に対する「外側」として排除して、光る部分だけに注目していたわけですが、iPhone X では持っている場所はすべて画面なのですから、この「iPhoneの外枠」という感覚を受け取る場所が非常に小さくなっています。

もちろんこうしたスマートフォンはすでにAndroidにあったわけで、全面スクリーンだとこういう風に感じるものだという感覚にようやくiPhoneが追いついたというのに過ぎませんが、それでもこれはちゃんとおいついて正解だと思います。

こうした変化にともない、ホームボタンを使っていたジェスチャの多くが変化しています。下からスワイプアップする回数は格段に増え、一日中スワイプアップをしている気がするほどですが、ここにも新しいメリットがあります。

たとえばホームボタンを2回押して呼び出すアプリケーション・スイッチャーは、下からスワイプアップしてそのまま指をずらしてゆくことによって再現できるわけで、物理的な「押し」が、「触れ」に変化しただけですのですぐに慣れることができます。

一つだけ不満があるのは、画面の下に常に表示されている縦幅34pxのホーム・インジケータと呼ばれるUIです。これはアプリの切り替えなどをうながすためのビジュアルな促しとして表示されているのですが、アプリのデザイン次第ではこれが目立ちすぎる場合があります。

特に横向きにして利用するゲームや動画編集アプリでは下のかなりの面積をこのホーム・インジケータが占めていますので、かなり邪魔ですし、アプリによってはUIが上に押し上げられてバグが生じている場合もあります。こればかりは、デザインが変化を吸収するまで多少時間がかかるのでしょう。

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顔認証技術はマルチタッチに匹敵する

iPhone Xで最も大きな変化として注目されたのが、指紋認証Touch IDにかわる、顔認証技術 Face IDです。一見、これまでなんの問題もなく動いていた技術を取り除いて別のものにするという判断は怖いように思えます。

どうしても、ちゃんと動かなかったら? 利用方法が変わるのでは?という気持ちが先にやってきます。

しかしFace IDに関してはそれは杞憂で、これまで利用した限りはほぼ問題なく、顔だけで認証することが可能でした。

それは本当に、スティーブ・ジョブスがいたなら「works like magic」と言い切るだろうというくらいに自然で、しかもこれまでよりも利用を簡単にしてくれるフローになっているのが見事というほかありません。

わたしがこう感じるのは、パスワード管理アプリの1PasswordがすでにFace IDに対応していて、アプリを開いてみつめているだけで、指一つ動かすことなくパスワードが入力されるという体験をしているからでもあります。これは本当に、指をおいて認証という、本来消し難いステップを消してしまったという点で秀逸です。

しかし、私がFace IDに感じたのは、単に認証が便利というだけではない、次のインターフェースとしての可能性です。

たとえば、OLEDスクリーンの焼き付きを防ぐために、iPhone Xでは移行すると自動ロックが30秒と短めに設定されています。しかし、本を読むなどといったように画面を注視しているようならば、このロックはおこなわれません。

この「ユーザーが注視している」ということを情報としてうけとり、アプリが適切に利用しやすい動作をしてくれるというのは、考えてみればすごい話です。

iMessageのanimoji機能のように、顔認証を利用して新しいアプリを生み出すことも可能なわけで、ここには未来へのかなり豊かな鉱脈がひそんでいるといっていいでしょう。

アプリストアが提供される前の、最初のiPhoneのなにが最も優秀だったのかという問いを立てたなら、大いなる議論が沸き起こるとおもいますが、私はなんといっても新しいインターフェースとしてのマルチタッチだったのではないかと考えています。

iPhone Xを「未来のスマートフォン」と呼ぶ際に、そのどこが未来にむけた道筋なのかといったら、この顔認証技術がマルチタッチに匹敵する布石なのではないかという気がします。

私たちの顔や表情は膨大な情報を発しています。あごをしゃくる動きや、ちょっと顔をしかめた動きや視線といったものは、私たちの意志や態度を如実に伝えているわけで、見つめられている側のスマートフォンがそれを利用しない手はないのです。

AR技術などといったものも、こうして顔をインターフェースとして相互作用できるようにつくることで、いままでになかったアプリを作ることが出来る機運が高まります。

いましかなかったタイミング

さて、ほかにもカメラの性能や、処理速度などといったレビューのポイントはあると思いますが、それらは iPhone X としてのものというよりは、単にハードウェアとしてのスペックの問題で、iPhone X を X ならしめている要素としては若干弱くなりますので、ここでは省くとします。そのうち、写真のポートレートモードのレビューくらいはするかもしれませんが。

今回のiPhone Xは、見た目や機能の違いよりも、ホームボタンがなくなったデザイン性が今後どのような扉を開くのか、Face ID関連技術がこれから何を生み出すのかといった、不可視の部分に、やがて来る未来を感じ取ることのほうが多い印象です。

そうした移行を、iOS 11や、アプリのエコシステムへの影響を最小限にとどめながらやってのけるのだから、アップルはやはりすごいと感じます。

タイミング的にも、1年後では遅すぎ、1年前では早すぎたかもしれません。イヤホンジャックをなくし、AirPodsを発表しての流れでの iPhone Xなのですから、いましかなかった気がします。

2年後、3年後、すべての iPhone からはホームボタンが消え、いま新しいと感じていることはすべて意識しないほどに自然になってゆくはずです。

そのときこそ、iPhone X は未来のスマートフォンだったのか、もう誰も気にしている人はいないであろう答え合わせをすることができるのです。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。