GTDの落とし穴。「頭を空にする」は意外に難しい

ストレスフリーの仕事術「Getting Things Done」について知った人が最初に注目するのが、最初のステップである収集のフェーズの「頭を空にする」という部分だと思います。

毎日の忙しさに頭がいっぱいになっている人にとって、このフレーズはとても魅力があります。頭が空になって、気がかりなことをすべてどこかに預けられたらどんなに楽でしょうか。

しかしこれが意外に難しいというのが、GTDの最初の躓きの石になっています。GTDのプロセスについて理解する、プロジェクトリストの作り方、などといったことは頭を空にすることの難しさに比べれば二次的です。

そしてこれをちゃんと実行できるなら、実はGTDの手法を忠実に取り入れることはそれほど重要ではなくなってしまうくらいなのです。

頭を空にするということ

GTDでいう「頭を空にする」という状態は、「あれをしなければ」「これを忘れてはいけない」という思考を、すべて信頼できる外部のなにかに書き留めることを意味しています。書き留める先は紙のノートでも、iPhoneのタスク管理アプリでも、なんでも構いません。

GTDについてなにもしらないという人でも、1枚の紙を用意して、いま気になっていることをすべて書き出すだけで、それだけで忙しさにフリーズしつつあった気持ちのうえのストレスを解消することができますので、これは誰にでもおすすめです。誰にでも、というのは実際、仕事をしているビジネスマンであれ、家事に忙しくしている主婦であれ、だんだん家でのお手伝いや習い事が増えてきた幼稚園児でも、というレベルで誰にでも有効な方法です。

では、一枚の紙を「気になること」でいっぱいにして、それで終わりでしょうか? 実のところ、私の経験ではこれではまだ表層をなでただけで、実際に余裕を感じられるほどになるにはもっともっと深く掘ってゆく必要があります。

そこにあるものの意味を考える

これについて、GTDの原著者のDavid Allenさんに話をうかがったときに興味深い思考の流れを解説していただいたことがあります。

一冊の本が机の上に置いてあったとして、それをどうするか? 普通ならそれを本棚に片付けて終わりです。「しかし」とAllenさんはここで注意します「その本は、そもそもなぜそこに置いてあったのか?それを考えてからでないと、片付いたとはいえないんだ」。

一冊の本がそこにあるのは、「それを読むつもりだった」「それに引用しようと思っている逸話があったはずだけどどこだかまだ見つけられていない」「資料として使うつもりだった」といったように、実行するつもりだった何かがぶら下がった状態です。

それがもう無視していいことなら、本棚に片付けてしまうのでいいでしょう。しかしまだやろうと思っていたことを忘れたままに本棚に片付ければ、またあとでそれを思い出して、取り出して、また忘れてしまうの繰り返しになってしまいます。

これは極端な例ですけれども、そこにあるもの一つ一つをみて「これをするつもりだった」という忘れていたことを掘り出して、はじめて自分の周囲に散らばっている隠れたタスクをすべて回収することができます。そしてこの回収する深さが、頭がクリアーになる程度に直接関係しているのです。

みえない場所からもタスクを回収する

見ただけで「あ、ここにはタスクがある」というものはまだ楽です。これを実行するために私はときどき自分の部屋の写真をとって、移動先でそれを眺めながらタスクの回収をしているくらいです。

もっと難しいのは、目には見えない場所で、例としてわかりやすいのは「ハードディスクのなか」と「心のなか」です。

flow

ハードディスクのなかにはやりかけの仕事や、片付けたほうがいいファイル、あとで参考にするためにとっておきたいものなどが、大量の不要ファイルやフォルダに混じって存在しています。

実のところ、この状況はGTDが誕生した頃よりもいまのほうがずっとひどくなっていて、これだけで一冊本がかけるくらいですが、増え続けるストレージに対してとりあえずすぐできる対応方法は:

  1. どこが「作業中」でどこが「アーカイブ」なのかを区切る

  2. アーカイブで最も利用するファイルについては利用するたびにEvernoteにコピーする

があります。「作業中」のフォルダのなかに存在するものは、すべてタスクがまだぶら下がっていて、それが解決したら「アーカイブ」に移行できるものです。

また、「アーカイブ」のなかでもっともあとで検索して使用する頻度が高いもの(再利用するプレゼンファイルや、ストックフォトなど)はEvernoteに入れておく。

この2つのルールをしばらく運用するだけで、タスクがぶら下がったファイルと、あとで利用するファイルとが「作業中」とEvernoteの2箇所に沈殿するようになりますので、本当にタスクをすべて回収したのか不安になることが少なくなります。

「心のなか」はさらに難しくなります。ちょっとした不安や倦怠感、なぜか仕事にとりかかることができない負担感や焦燥感といったものが、実は回収しそこねた「やるべきこと」や心配事から生まれていることがあるからです。

この心のなかの未回収のタスクはその場では解決不能なものが大半ですので、「〜についていま不安に思っているけれども、とりあえずいまはその事実だけを回収して、心配はあとでする」という具合に心配事の回収先を用意するのが楽です。

「頭が空になる」の難しさがタスク管理の難しさ

「頭を空にするのは意外に難しい」。これを前提にして周囲を見渡してみると、けっこうな数の「回収していないこと」が見えてくるはずです。今度はその数の多さに戸惑ってしまうほどですが、どこまで細かいところまでタスクを集めるかは、それが気になることかどうかという指標が役立ちます。

歯ブラシを見た瞬間に夜に歯磨きをしないといけないと思い出しこそすれ、それは眠る前に洗面所にたてば思い出すというのなら、あたりまえのことまでわざわざ書く必要はありません。でも歯ブラシを見た瞬間に、替えの歯ブラシをずっと買うつもりだったのを忘れていたというのなら?もちろん書き留めておきましょう。

このように、頭が空の状態というのは意外に動きがあって、実現が難しいものだというのがわかります。限られた時間で、気にならない程度にストレスを維持するために気になることを書き留めるというバランス、これがGTDというよりも、タスク管理のほとんどすべてといっていいのです。

では次回の月曜日は、私がこの収集プロセスのために使っているフローについて解説したいと思います。もう10年ほどGTDをやってきた1人として、なにかしらの役に立つのではないかと思いますので。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。