シリコンバレーの「あの時代」を美味しく再体験できる「ジョブズの料理人」(日経BP刊)

アップル創業者のスティーブ・ジョブズが亡くなって二年、その人物像や逸話は語り尽くされてきた感があります。「もうジョブズはいいから」という気持ちになっている人もいるかもしれません。

しかし本書、「ジョブズの料理人」は少し違った切り口でシリコンバレーのあの日々を、そしてジョブズの人となりを描きます。

1985年から2011年まで、26年間にわたって和食店を営んだ佐久間俊雄氏の視点から、ジョブズだけでなく、さまざまなIT企業の普段の姿が語られる、気軽な一冊なのです。

日経BP様から献本いただき、楽しく一息に読むことができました。### 寿司をほおばるシリコンバレーの住人たち

本書は、「トシズ・スシヤ」、そして和食店「桂月」のオーナーとして長年シリコンバレーの変遷を見つめてきた佐久間俊雄氏の思い出語りから構成されています。

寿司の板前として修行を積み、ハワイ、カリフォルニアと店を転々としてアメリカ人の気質にも馴染んだ佐久間氏は、厨房からやってくる客の一人ひとりをほんとうによく観察しています。

お気に入りの「1番」の席に座るとひとつ大きなため息をつき、リラックスした様子のジョブズの姿、日本人ではあり得ないような豪快な注文をしてゆくシリコンバレーの投資家たち、小さな店でひそひそと語り合われる大企業の戦略。

まるでインターネットが始まった頃から始まる「あの時代」をバックステージからみているような心地よさがあります。

なにより、語り手の佐久間氏が、こういっては失礼なのですがシリコンバレーの企業の凄さについてどこか無関心なところが読んでいて面白い1つの理由です。

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和食店のオーナーからみれば、あのリンクトインの創業者、リード・ホフマン氏も「好き嫌いをしないよいお客様」に、いずれ世界を席巻するグーグルの創業者たちも「服装もぱっとせず、覇気もそれほど感じられない、ぱっとしない連中」という第一印象です。

のちの大企業の有名人たちの人となり、景気の上がり下がりに反応して遠のいたり近づいたりする客たち、なにもかもが初めての外国での和食店経営。すべてが佐久間氏の素朴な語り口で語られていきます。

また、Evernote日本法人会長の外村仁氏によるまえがきが、和食とシリコンバレーという切り口を俯瞰してくれていて、この土地に馴染みがない人にも雰囲気を伝えてくれます。

ああ、そうか。この和食店「桂月」がそのままシリコンバレーの縮図だったわけですね。しかもみんなが楽しそうに寿司をほおばり、笑顔で未来の夢を語り合う、「あの時代」の残照です。

そしてその中心には、なつかしいジョブズさんの姿があります。

奥さんの誕生日のサプライズパーティーに細かい注文をつけるわりにはサプライズに失敗したり、まんじゅうに執着して板前を日本に修行に出せと無茶ぶりをし、息子が大学に入ったことを誇らしげに話し、出来上がったばかりのiPhoneを楽しそうに見せびらかし、穴子に舌鼓を打って、「またね」と笑顔で店を出てゆく等身大のジョブズさんの姿です。

もう、その「またね」が実現することはありません。あの、シリコンバレーが最も輝いていた時代もすでに過去のことです。

でも本書を読めば、ほんのひと時、その時代を再体験して、元気をもらうことができます。

そう、それはまるで、おいしい寿司をお腹いっぱいに詰め込んで「よーし、やるぞ」と店を出るときの気分に似ているのです。

ごちそうさまでした。さあ、やるぞ!

p.s.

スティーブ・ジョブズ個人にフォーカスをあてるよりも、むしろこの和食店の小さな構図からシリコンバレーの時代の移り変わりを描く映画をぜひ見てみたいですね。

過ぎ去った時代を惜しみ、未来への余韻を残すような。よっぽど美しい物語ができそうな気がするのですが!

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。