「iPhone + モレスキン」が最強のコンビであることについて
Mac の開発者のためのカンファレンス WWDC で iPhone 3G-S が発表され、その速度について、新しいカメラとコンパスの機能について、新しい OS3.0 についてうわさ話が錯綜しているところです。
でも私にとっての興味はただ一つ、iPhone がどれだけ手帳に変わるものとして十分な機能と速度を身につけているのだろうか? という点です。
今朝 Twitter で「iPhone があれば手帳はいらないだろうか?」という疑問をつぶやいたところ、FriendFeed に数多くのコメントが寄せられました。
コメントはそれぞれとても面白いのですが、ざっと見渡してみると次のような意見に集約できる気がします。
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iPhone にまかせるもの: スケジュール、タスク管理、メール管理は iPhone が得意で、そちらに任せる。また、PC / Mac の方であらかじめ入力されているリファレンスに対する情報端末として iPhone は不可欠
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iPhone にまかせられないもの: イラスト、マインドマップ、アイディア出し、感性にかかわるもの、字体もふくめて筆触が重要なもの、気持ちのこもったものについては、iPhone は不十分。また電池という上限が依然としてあるので、紙ほど信頼できない。
PC を通して仕事をすることが多い以上、iPhone にまかせることが自然なものがたくさんある反面、「アイディア」「気持ち」「感性」といったものについては紙が手放せないという意見が多くてほっとしました。
わたしもシステム手帳を放り出して iPhone にすべてを預ける生活を始めたあたりから、かえってモレスキン手帳にキャプチャーされる情報が増えてきていることに気づいていました。
iPhone + モレスキンの役割分担
たとえばカレンダー上には「A さんと会談」としか書かれていないタスクがあったとします。これだけだったらこのタスクに対してどんな気持ちでいたか、どんなことがどのような経緯で起こったかがわかりません。
しかし iPhone に依存した情報管理に切り替えてみると、かえって同日のモレスキン手帳にはこうした** iPhone がとられられないこと**についてイラストと文章を含めてたくさんの書き込みがされるようになったのです。
模式図で書くとこんなスタックが自然にできあがっていったのだといえます。
。上から降ってくる情報が、iPhone の基本アプリでとらえられる規格化されたものだったらそのレイヤーでキャッチします。
しかしその規格化から余った情報があった場合、なるべく Evernote でキャプチャーするようにしています。
たとえば「今日のミーティングの場所の地図と、そこまでの電車の乗り換え案内」などは、iPhone の基本アプリに入力するのは面倒ですし、印刷して手帳に貼るのはさらに面倒です。この場合、Evernote の「すぐ消す」と名付けたノートブックに情報を投げ込んでさっさと出かけるのが最も楽になります。
でも** Evernote でもとらえられない日常の感覚、思い、記憶、アイディア、小さなマインドマップなどは、さらに下のレイヤーであるモレスキン手帳の上にマリンスノーのように降り積もる**ようになったのです。
時には説明の必要なタスクや記録について Google Calendar のメモ欄に「モレスキンの p 156 を参照」という具合にデジタルからアナログにむけてハイパーリンクがはられることさえあります。
デジタルを追求するとその影としてアナログの必要性が高まる、一方でアナログだけではできないことをデジタルが受け持ってくれる。これだから、この二つは手放せないという気がします。
もちろんスマートフォンは iPhone だけではないですし、手帳はモレスキンだけではないのですが、自分にとってはこの iPhone - Evernote - Moleskine という組み合わせがデジタルとアナログの絶妙な均衡点になっています。
なにせ、最初の2つのレイヤーが強力なので、手で手帳に書くことはインスピレーション、気持ちといったものに集中できます。**iPhone がシステム手帳で、モレスキンが膨大なるその「余白」**といえばいいでしょうか。
iPhone、あるいはデジタルデバイスをすでに手帳代わりに信頼していて、紙は使っていないという人はいますか? あるいは、みなさんのデジタル手帳術がどのようなスタックで構成されているかについて、コメントでお聞かせ下さい。