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嫌なニュースはそもそも見ないという選択肢

Tuesday, 10 July 2007 · 17 Comments · Lifestyle


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Change the World: Knowing When Not to Listen | Liz Strauss at Successful Blog

むだな情報が入ってこないようにするのは本当に大事です。最近、ニュースさえも見ないことにしようかと真剣に思います。

ニュース番組の嫌なところは、あまりに悪いニュースが多すぎるという点です。災害の報道や、重大な事件を教えてくれるのはいいのですが、多くの日はなんだか「こんばんは、ニュースです。それでは今日起こった悪いことを悪い順に紹介します」という構成で困ります。

どこかで子供が痛めつけられたとか、殺人事件があったとか、そういったニュースはそれ自体は非常に痛ましくて、なんとかしてあげたい気持ちにさせられますが、たいがいはもうすでに視聴者としての私にできることはなく、ただ後味の悪さが残るばかりです。

Liz Strauss のブログにこの気持ちを代弁してくれる小さなお話が紹介されていました。出典はわからないのですが、とても良かったので翻訳して紹介。

昔々、何世紀も前に一人の教師が田舎の泥道を教師らしい考え事に満たされながら歩いていました。すると生徒の一人が先生のもとに駆け寄ってきて、興奮気味に言いました。

「先生、あなたが知っておくべきニュースがあります。街からの、大事なニュースです」

先生は微笑むと歩くペースをゆっくりにして、生徒が息を継げるようにしてあげました。そして並んで歩きながら柔らかい口調で言いました。

「先に一つ質問をしてもいいかな?」

「ええ先生、もちろんです」と生徒はいいました。

「君のいうこのニュース、それは何かよい知らせなのかい?」

「いいえ先生、悪いことをした人がいるという話です」

「君はその人を知っているのかい?」

「いいえ、でもこのニュースを教えてくれた人は知ってます」

「君はこのニュースが真実だと知ってるかな?」

「僕の友人はそうだと言ってますが」

先生は、生徒が自分の答えを自分で聞けるように気を遣っているかのように静かに歩いていました。先生が次に口を開いたとき、それはもうほとんど囁きでした。

「つまり君は、君の知らない人が起こした、真実であるかもわからない、悪いニュースについて教えてくれようとしたわけだね。それは重要とはいえないね」

ここで言ってるのは「悪いことからは目をそむけよう」というのとはまったく次元の違う話です。信憑性も疑われる、自分にとって関係のない情報は意味がないという単純な論理に加え、嫌なニュースをたくさん投げつけられ、少しずつショックを感じることさえなくなるくらいなら、むしろそれらの全てをシャットアウトしても悪事に対して強い嫌悪感を感じる心を守りたいという意志が感じられます。

テレビニュースのもう一つ悪い点は、問題を「外部」のものとして捉えやすくしすぎる点にもあります。ニュースを見ていて「最近世の中はどうなってしまったんだろう!」「最近の若者ときたら!」「まともじゃない奴がおおぜいいる。自分はそうではなくて良かった!」、こんな風に考えるだけにとどまっていると次第に問題の原因を外にしか求めなくなってしまうのではないでしょうか。しかもそれは自分で考えたことではなく、他人の書いたシナリオに乗せられてのことなのです。

もちろんニュースを冷静に分析することも必要ですし、時事に通じていることは重要なことです。でも家に帰ってちょっと和みたいと思うとき、朝一番に出勤する前、そんなときにはテレビをあえて消してしまう。あえて情報を断ち切ってしまう。こんなオプションもあってもいいのかもしれません。

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    いいお話ですね。全く同感です。つい1週間ほど前にテレビを処分し、ニュースはウェブ上で選んで見ていますので、今日の記事はとくに「そうそう」と頷きながら読みました。
    今のところNHKのサイトとGYAOを使って動画ニュースを見ていますが、どちらも文字でタイトルが並んでいるので、痛ましい事件などあえて詳細を知る必要がないニュースはスキップしています。ただ、そういう生活をしていると、悪いニュースに対して敏感になりすぎるのでは、と思ったりもしますが・・・。

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  • jolyholy

    こんばんは。私も嫌なニュースは見ないです。こうなったのは、ここ2~3年くらいでしょうか。

    特に朝方、これから出勤しようかというときはもっぱらモーニングベルを見ています。

    > テレビニュースのもう一つ悪い点は、問題を「外部」のものとして捉えやすくしすぎる点にもあります。・・・

    私も、「では我々はどうしよう」「どうしたら少しでもよくなるのだろうか」という姿勢がほとんど見られないのが、嫌で仕方ないのです。特に朝方のニュースでは顕著な気がします。結局、時事問題に大きな遅れはとらないために、TVは見ずにケータイでニュースチェックするスタイルになりました。

    似たようなことを職場で今日話した後、このエントリをみつけたこともあってコメントさせて頂きました。

    それでは失礼いたします。

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  • http://ameblo.jp/sukesandokoitta/ 転職ゲーム 助さん

    初めてコメントさせてもらいます。
    ライフハックがすきで、いろんなブログを見て回っていたんですが、
    昨日会社で見て、ここまでモロな題名のブログもあるのかというのが最初の感想でした。

    一応ほとんどの記事拝見させていただいたのですが、一番刺激になったのはTimの本のことについてでした。

    確かに、GTDに続く、第三の波になるかもしれませんね。
    英語なのでこのためにまた英語を勉強しようかと考えるほど、読んでみたくなりました。

    大変刺激になりました。
    今後もウォッチさせていただきますね!!

  • KRT

    見なければ、果たしてそれが嫌なニュースなのかそうではないのかなどわかるはずもないと思います。
    「自分で考えたことではなく、他人の書いたシナリオに乗せられてのこと」といっても、情報自体をシャットダウンすることは、情報について考えることのきっかけすらを放棄しています。「悪いことからは目をそむけよう」というのとは確かに違いますが、「そもそも目を閉じよう」というのは思考停止の論理です。ここには「自分で考える」ということ自体が存在しません。そのきっかけ自体がありませんから。
    「ニュースをそもそも見ない」ということを否定はしませんが、それが賢明な行為かといえばそうとも言い切れないと思います。「考えない」という意味では「他人の書いたシナリオに乗せられ」るのと大差ないと思います。

  • http://lifehacking.jp mehori

    コメント承認が遅れてすみませんでした。
    KRT さん:
    貴重なご意見をありがとうございます。おっしゃるとおりで、「考えなしにニュースをみる」のは「他人の話におどらされる」のとほとんど同義でしょう。それは私も強く思います。
     しかしこの記事を書いたときに考えていたのは、しかるべき考えや価値観を手にしている人が情報の氾濫を前にして、それでも全ての情報を受け止め続けるべきかということでした。答えは yes でもあり、no でもあるのだと思います。
     目を背けずに持続して考えることが重要だという意味では yes。でも求める前から玄関からテレビからラジオのスピーカーから押し寄せてくる「悪い知らせ」の大群に慣れなければいけないのかというと、それは no である気がするのです。
     外からやってくる情報を受け取るのか・受け取らないのか。これを選ぶことが許されないことが多い世の中ですから、せめてテレビのスイッチを入れるか入れないかの自由くらい手にしたい。そんなことを考えさせられた元記事の挿話だったのです。
     ご参考になれば幸いです。

  • えと

    疲れて悪いニュースを見たくない時はあえて消す、それを書くこと自体、逆にそこまでテレビに支配されていたのか?と驚きます。
    自分にとっては当たり前の事だからです。

    テレビは強制的に見させられるものではなく、自分の意志でオン・オフできるものなのですから。。

    昨今の中国の汚染食品のニュースを見ると、本当に見てよかったと思います、知らないなんて恐ろしくてたまりません。

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