Evernoteの華麗なるリブートとその未来

Evernoteがヨーロッパに拠点をもつBending Spoonsに買収されてしばらく経ちました。この手の買収はウェブサービスにとって一種の墓場のようなもので、買収後にスタッフの大幅なリストラがあったという報道を耳にして「Evernoteも終わったか」という印象をもった人も多いはずです。

しかし、予想に反してEvernoteはサービスが終了したり、別のサービスに吸収されることもなく、むしろ死に体だった開発が再開されて最近は次々とユーザービリティーが改良されています。AI検索やAI画像文字認識など、近年のニーズにあわせた機能の追加も行われるようになっています。

買収によって、Evernoteは見事にリブートしているのです。

テック業界でこういった事例は例外的であるため、ウェブメディアThe VergeがEvernoteのプロダクトリードであるFederico Simionatoに一時間にわたってインタビューをしているポッドキャストが最近公開されていました。

The great Evernote reboot | The Verge

Evernoteのようなレガシーユーザーの多いサービスをどのようにして新しい時代に向けて開発してゆくかについて興味深い視点を提供していましたので、ぜひ聞いてみていただければと思います。

買収後の最初の一年間

インタビューによれば、買収後の最初の一年間は、Evernoteのコードを理解して最適化を施すことが主な作業になりました。

ブログでも紹介されていましたがJava Enterprise Editionで書かれていた巨大なレガシーコードを入れ替えて、高速化をすることが最初の大仕事になったのです。

これらの最適化はいまに至るまで続いており、先日もメタデータの同期を数倍高速化するRENTというインフラを全ユーザーのアカウントで有効化していたところです。これによって、リアルタイムの編集同期などがだいぶましになりました。

新機能やユーザービリティーの導入も

一方で、Evernoteは同時に新機能の導入も積極的におこなっていました。たとえばAI検索機能によってかなり曖昧な質問で情報をフィルタリングできるようになっています。まだまだ完璧というわけにはいきませんが(その理由は後述)、とにかくあのEvernoteが久しぶりに新機能を追加しているのだから驚きました。

また、SlackやNotionでおなじみの「/ スラッシュ」コマンド機能を導入してさまざまな機能を呼び出せるようにしたり、タスク機能を高度化したりといったことも同時に行っていました。

新機能を注意深く導入

こうした背景がありますので、自身も生産性アプリ大好きなギークである Verge の David Pierce 氏はとても重要な質問をしています。「Evernoteは過去にも機能を足しすぎて墓穴を掘った過去があるけれども、どのような方向性を考えて新機能を取り入れているのか?」というものです。

これに対するFedericoの返答は、思った以上に保守的なものでした。彼はとにかくEvernoteを利用しているユーザーと対話し、どのようなユーザビリティ・機能のバランスが求められているのかについて聞き取り調査を非常に重要視しているというのです。そしてその上で、あまり早く動きすぎないように、これでも注意しているのだといいます。

たとえばEvernoteには「5%問題」といわれるものがあり、どんなに些末な機能でも5%程度のひとはそれに依存しているので、それがなくなると何万人ものユーザーが困ってしまうという状況があるので、そこまで過激な変化は得策ではないわけです。

なので、AI検索についても、もっとユーザーから情報を取得し、貪欲な検索にすることは可能なものの、段階的に開発することでユーザーにショックを与えないように気をつけているというのです。

しかしその一方で、Workchatの廃止、スラッシュコマンドの導入といったことはすばやくやっているので、Federicoさんの率いるチームはこのあたりの票読みがなかなか上手なのだなとインタビューを聞いていて私は思いました。

Evernoteユーザーの種類と、それぞれのユースケース

面白かったのは、インタビューの途中でEvernoteのユーザーの多様さについていろいろな例がでてきたことです。たとえば、すべての添付メールをEvernoteに送ったり、閲覧したすべてのWebページを保存している「アーカイブ」タイプのユーザーが一方にいて、それに対して白紙のノートに情報を書き留めてゆく「ノート派」のユーザーもいるという話題がでてきました。

それぞれのユーザーは依存しているEvernoteの機能が違っていて、それぞれにとって快適になるようにユーザビリティーを調整するにはとにかく多くの聞き取り調査が必要なのだそうです。

そうした意見を聞きつつ、基本的にはユーザーがカスタマイズで使い方を調整できるように新機能やアプリの使い勝手の調整を次々におこなっているのだといいます。その様子は最近は毎月のYouTube動画で見ることができて、なかなかのスピード感です。

悪評だった価格改定とEvernoteの今後

インタビューでは悪評だった価格改定についても踏み込んでおり、開発側の意見を聞くこともできました。Evernoteにとっては7年ぶりの価格改定だったのと、無料ユーザーと有料ユーザーのバランスをとるのが主目的だったという話です。

ライトユーザーにとっては価格がかなり上昇したのと、同期している端末数が制限されたために有料にするつもりのないユーザーのあいだでも評判が悪かったものの、現在少しずつノートの容量やアップロード上限を拡大して、Evernoteが今後も長く運用できるバランス点を探しているとのことでした。そういう意味では、いままでのフリーミアムモデルからの脱却は時代的に仕方がないタイミングだったのかもしれません。

今後については、もちろんAI機能の導入は推し進めるものの、「Evernoteがユーザーにとってなんであるのか」という質問がその機能を導入するかの境界線になるとFedericoはいいます。AIを使うためにAI機能を入れてしまうと、Evernoteのコアエクスペリエンスの整合性がとれなくなってしまうので、そこは非常に保守的に進めるというわけです。

買収後驚異のスピードでEvernoteの開発を軌道にのせてきたBending Spoonsですが、新機能の導入にはユーザーの意見を聞きつつ進めるという、保守的な面も強い開発をしているというのが面白いインタビューでした。

今後の課題としては、レガシーのユーザーではなく、新規ユーザーを獲得するためにどのような開発姿勢がよいのかを模索しているのだといいます。おそらくEvernoteのニーズには時代を超えた部分があるので、それを現代にあわせてパッケージする道筋を探しているのでしょう。

とにかくしばらくは安心してEvernoteを利用できそうですので、安心できる内容のインタビューでした。 ちょうど有料ユーザー向けに半額セールもやっているところですので、もし久しぶりにフルパワーで使ってみたいというかたは試してみてください。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。