「仕事術」がいらなくなる世界へ。あるいはテクノロジーが仕事を抽象化してゆく歴史について

note で「これからの仕事術」というテーマで記事やコミックなどを募集するというコンテストが開催されていましたので、こうしたテーマのブログを書いていることですし、なにも書かないのも悪いなと思って以前から考えていた内容について記事を投稿しました。

「仕事術」がいらなくなる世界へ | note

これは書けそうだと思ったのは、私がよく読んでいるツイッターのアカウント Pessimists Archive (@PessimistsArc)が、19世紀のリモートワーク批判に似たような新聞記事の話題をつぶやいていたのを発見したことがきっかけです。

これは当時の鉄道会社の社長が、ビジネスの機運が高まっているのに人々が鉄道を使わないのは「電話」という手段で直接会わないことが原因で嘆かわしいという投稿をしている記事の切り抜きです。

おそらく同じような嘆きがネットの商業化、メールやチャット文化の広まり、スマートフォンの定着などとともに繰り返されてきたのでしょう。

そしてそのたびに、手段としての「仕事術」は技術によってより抽象化して、属人的な部分を剥ぎ取られていきました。

それが行き着く先は? そうしたことについて、記事ではつらつらと考えてみました。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。