メール整理を考え直したサービス「Hey」が一般公開開始
もうずいぶん前のことになりますが、Gmailが登場したときの衝撃はいまでも忘れられません。
それまでは手元のメールアプリでしかメールを開くことができず、複数の端末での同期はもちろん、手元にダウンロードしていないメールの検索も面倒でした。
Gmailは当時としては膨大だった1GBの容量をオンラインで提供することによってこの問題をいっきょに解決したわけですが、当時ネットユーザーたちが招待コードを互いに送り合い、利用がしだいに広まっていったのを記憶しています。
そうした熱狂に似たものが、最近またメールの分野で起こっています。クラウド上のグループウェアの草分け的存在の “Basecamp” を開発した人々の手によって、新しいコンセプトのメールサービス “Hey” (ヘイ)がリリースされたことがおおきな話題になっているのです。
このサービスの課金モデルをめぐってAppleと一悶着あったせいもあり、“Hey” はいまもっとも注目を集めているウェブサービスになっています。そんな Hey のなにが新しいのか、利用する価値はあるのかについてみていきましょう。
メールを3つの山で分けるHeyの哲学
いちばん大切な情報として理解しなければいけないのは、Hey はどんなメールアドレスでも使えるメールクライアントでは「ない」という点です。
Gmailと同様に、ユーザーは @hey.com のアドレスを取得し、それを新しいメインアドレスとして利用することになります。別のアドレスからメールを転送して利用することは可能ですが、送信時は現時点では @hey.com のアドレスからしかできません。
これだけでハードルが高いというひとも多いと思いますが、その投資によって得られるのはまったく新しいメール整理の体験です。
HeyにはWindows、macOS、Linuxだけでなく、iOS、Androidのクライアントがありますが、Gmailと同様にブラウザからも使用することができます。
メールが届くと、Heyではまず「スクリーニング」という手続きを最初に行います。初めてメールを送ってきた相手について、許可するなら「Yes」、しないなら「No」と選択すると、Heyはその設定を記憶して許可していないメールがそもそも受信箱に入らないようになる仕組みです。
許可したメールについて、Heyは3種類の山に分けて整理をします。
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Imbox: 人とのアクティブなやりとりで、返事をしたりといったアクションをとらないといけないものは「ImBox」(Important Boxの略で、受信箱 “Inbox"をもじった造語)に入ります。
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Feed: 読むだけのメルマガやニュースレターやPRのメールは「Feed」に分けられます
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Paper Trail: ECショップから届くレシートのメールや通知といった、読む必要もなく、届いてさえいればよいメールは「Paper Trail」(証拠書類のことを指す言葉)に入ります
Tumblrが投稿される情報を「テキスト」「写真」「引用」…と大別しているのに似ていますが、Heyはメールには本質的にこの3種類しかない という哲学に基づいてシステムの設計を行っているのです。
この選別は最初の15通ほどのメールでトレーニングしたあとは自動的に行われますが、あとで明示して覚えさせることも可能です。
3つの山は見た目も、感触も違う
こうして選別された3つの山には見た目も機能も違う UI がそれぞれ用意されています。
ImBox は伝統的なリスト形式になっていますが、サイドバーのようなよけいなものはありません。既読のメールは下半分の “Previously Seen” に入るので、対応していないメールだけが目に入ります。
すべてのメールの一覧をみるビューもありますが、Heyのワークフローを利用している限り、ほとんど使うことはないでしょう。
これに対して Feed は RSS リーダーやプログのように内容を途中までみることが可能で、スクロールするだけで興味のあるものを探せるようになっています。
読むことが目的で、返信することがめったに無いという想定の UI です。
Paper Trail は ImBox に似ていますが、そもそも読むためのメールではありませんので、既読管理すらありません。必要になったら検索すればいいという思想で設計されているのがわかります。
「あとで対応する」にも2種類ある
トレーニングがうまくなってくると、ImBoxには対応が必要なメールだけが浮上するようになりますが、ここでもアクションのとりかたに独自の考え方がにじんでいます。
アクションにはすぐに返信をする Replyと、あとで返信するための Reply-later、そしてメールを資料のようにとっておく Set Asideがあります。
返信の必要があるものの、今すぐ取りかかれないメールは “Reply Later” に入れておきます。
“Reply Later” のメールはこのように、届いたメールを左に表示させておいたまま返信を書くことができます。セーブは自動で行われるのでよけいな保存ボタンのようなものはありません。
それに対して、あとで参照する必要のあるメールは “Set Aside” (横に取り分けておく、の意味)にいれます。Set Asideのメールはブックマークした記事のようになっていて、あとで呼び出すことができます。
見た目からして、まるでメールのEvernoteのようですよね。
メールを束ねて管理する。件名を好みに変える
一対一のわかりやすいやりとりならいいのですが、メールが面倒になるのは複数の人のやり取りが錯綜したり、送り主の都合でメールのスレッドが分かれてしまったようなときです。
そうしたとき、Heyにはスレッドをまとめたり、流量の多いメーリングリストのアドレスのメールを束ねてひとつにする機能があります。
また、Heyはメールの件名を自分用に書き換える機能も持っており、わかりにくいメールを整理するときに効果を発揮します。
添付ファイルの一覧でメールの中と外をあいまいにする
Heyのもう一つの独特な機能として、メールの添付ファイルをGoogleドライブのように一覧表示させることができます。
添付ファイルをメールのなかに探しにいくのではなく、メールとの関係を維持したまま添付ファイルだけを並べるという発想です。
また、メールの容量制限を越える添付ファイルはHeyの内部リンクに変換され、クリックでダウンロードする形式に自動的に置き換わる仕組みです。
Heyでは異なる利用のされかたをする場所は別のUIにする思想が繰り返し登場していますが、それが触れたときの新鮮さと、利用の簡単さにつながっているのです。
課金は一年プランのみ。2文字アドレスを確保するには$999
このように、Hey はメールが届いた瞬間からいくつかの想定でメールを自動的に整理しており、そのおかげで少ない操作であっという間にメールの整理ができます。また人とのやりとりと、娯楽として読む場所を分けることでメールを読む楽しみを生み出しているところも注目に値します。
ただし、最初にも述べたとおり、このサービスは一般的なIMAP/POPメールクライアントではありません。ユーザーは新しくつくった @hey.com のアドレスを使うことが求められます。
Gmailなどからメールを転送して利用することは可能ですが、送信アドレスは当面 @hey.com のアドレスからになります。独自ドメイン対応は今年中にリリースできそうとのことですが、追加の有料プランになりそうです。
現時点で月額払いのプランはなく、一年単位 $99 のプランしか存在しません。ただし一度でも課金すればそのアドレスは(その後課金をやめたとしても)永久に利用可能となります(これとは別に、2文字アドレスを$999で手に入れるプランも存在します)。
Gmailは無料で使えますが、それはプライバシーを犠牲にしているからだと Hey の開発者は主張します。
Heyは有料である代わりにプライバシーを尊重し、開封確認技術などを含む監視を一切排除するとしています。実際、使い始めてみるといままで意識していなかった開封確認がされているケースがたくさんひっかかって、なるほどと思いました。
一方、少し気になるのは Heyではメールの削除があえて面倒になっていて、100GBの容量制限に意外に早く到達するのではないかが心配です。
Heyをいますぐ利用するメリットは限定的。ただしアドレスを確保したい人は早めに
とてもおもしろいメール管理方法の可能性をみせてくれているHeyですが、やはりこの独自ドメインが使えない制限がネックになりそうです。また、まだ実装されていない機能もところどころ存在しますので、多機能を期待して利用すると不満を感じてしまうかもしれません。
しかし、いまメールのデファクトスタンダードはGmailであるものの、それがいつまでも続くとは限りません。また、メール自体がSlackやメッセンジャーのような、ほかのメッセージサービスとの関係のなかで変化してゆく未来もそこまできています。
Heyがみせてくれる未来を最前列で体験したいというひとには良いかもしれませんが、まだまだマス向けではないと言えるかもしれません。この未来に期待してみたいひとは、アドレスの確保もかねて使ってみるのもいいかもしれません。
Appleとの衝突はHeyに軍配。これがサービス開発の新時代につながるか
ところで Hey については iOS アプリをリリースする際に、有料のメールサービスを提供するならアプリ内課金を使用することを求めているAppleとのあいだでひと悶着あったことも大きく報じられました。
Basecamp’s protest of Apple’s policies is already benefiting other developers | Verges
WWDC期間中に開発者との関係をこじらせたくないAppleの思惑もあったためか、ひとまずこの騒動はAppleがゆずった形になっていますが、これもまたいままでの開発者とAppleのようなプラットフォーム提供者との関係の変化をうらなうできごとになるのではないかと注目されています。