データと事実に基づいて行動すべきいまだからこそ、FACTFULNESSを読もう

書籍の分野ではなかなかないことなのですが、2019年の1月に登場した「FACTFULNESS」が一年を経て再びベストセラー1位になり、部数も80万部を越える大ベストセラーになっています。

著者の故ハンス・ロスリング氏が公衆衛生学者としてとても有名だったこと、それが現在の新型コロナウィルスのパンデミックについて考えるきっかけを与えているということも背景にはあり、先日は翻訳者の関美和さんがテレビに出演されてコメントをしていたりなど、本書があらためて注目されているわけです。

ここまでベストセラーになると、まだ読んでいない、ちょっとひねくれた人は「なにが正しいものの見方なのか、教えてもらう必要はないよ」と思ってしまうかもしれません。しかし本書の凄さは、実は「何が正しいのかを教えていない」こと、むしろ「正しいものの見方がいかに難しいか」を教えている点にあるといったら、興味が湧くでしょうか?

非常事態宣言が解除され、「なんだ、非常事態を宣言するまでもなかったじゃないか」「もうこれで一旦は収まったんだよね」という意見や断定が広がっているいまだからこそ、FACTFULNESSで語られている、データを読むことの難しさをもう一度胸にする必要があると思います。

このグラフは、これからどちらに行くの?

FACTFULNESSでは、データをみるときにわたしたちの判断を鈍らせてしまう、さまざまな「本能」について解説しています。

たとえば、こちらは東京都新型コロナウィルス感染症対策サイトに掲載されている新規患者の報告件数のグラフですが、ここで時間を少し巻き戻して考えてみると、いかに未来を予想することが大変なのかがわかります。

4月の初旬ならば、新規感染者数がこのまま指数関数的に増えてしまうのではないかという恐れはとても現実的なものでした。しかし実際にはその後グラフは幸いなことに減少に転じました。

クラスター対策班や医療関係者の努力、社会全体の犠牲がどこまで効果をもっていたのかは個別に科学的な検証が必要でしょうけれども、とにもかくにも「このまま直線的に悪くなるはずだ」という、多くの人が危惧していた想定は(本当に幸いにも)回避できたのです。

それではいま、ここまで減少したのだからこのまま収束するに違いないと考える想定についてはどうでしょうか? もちろんそれも、当てにはなりません。

このグラフが増加に転じる際も、減少に転じる際も、わたしたちはすべての情報を手にしているわけではありません。だからこそ、安易に「こうなるはずだ」とは言えませんし、ましてやそうした想定を事実にすりかえて決断をすると手痛いしっぺ返しを受けることにもなりかねないのです。

FACTFULNESSではまさにこの点を、2章の「ネガティブ本能」、3章の「直線本能」といった章で解説しています。それは「へへーん、おまえの予想は外れたぞ」といった優劣をうそぶくための視点ではありません。

むしろ、単純な直線や、ネガティブな想定よりも、現実はより複雑で、予想が難しいということを教えてくれているのです。

単純な原因では説明できない

また、わたしたちはここ数ヶ月、さまざまな予想や理由付けも数多く耳にしてきたと思います。「日本で感染対策が比較的うまくいっているのは○○のおかげだ」という説明は、それこそ100種類、200種類ほど目にしたような気がします。

そうした単純化に対しても、FACTFULNESSは注意を促しています。「眼の前に出てきたデータが一番重要だ」という「過大視本能」や、「このパターンで全部説明できる!」といったパターン化本能の思い込みは、たいていは追加されてくるデータか、境界部分で破綻します。

ましてや、一部の原因を過大にとりあげて「○○が感染を広げている原因に違いない!」「いますぐ○○をなんとかしなければいけない!」といった想定も、間違いに陥ることが多くなる原因になります。これらについては FACTFULNESS の5章、6章、9章などで解説しています。

こうした不安なとき、不確定なときに、わたしたちはどうしても「正解」を手にしたいと考えがちです。その気持が少し大きくなりすぎて、「こうにちがいない」「きっとこういうことだろう」と、切り分けられない問題を割り切ろうとした瞬間に落とし穴にはまってしまうのです。

FACTFULNESSではロスリング氏の人生のさまざまなエピソードでこうした重要な点が語られていますが、むしろこれまでになく膨大なデータを目の当たりにしているいまだからこそ、多くの人には理解しやすいかもしれません。

じゃあ、どんな予想も不可能なのか?

それでは、いかなる予想も不可能で、予想をする人をすべて疑ってみるべきなのかというと、もちろんそういう話でもありません。

たとえば接触の8割を削減することで感染拡大の抑制を説いた数理モデルは、われわれ素人が考える想定よりもより高い抽象度で問題をとらえていますし、専門家はデータを読み取るときの陥りがちな誤謬を取り除き、ある程度の信頼度の幅のなかで語ることができるからこそ専門家なのです。

FACTFULNESSを読むことで学ぶことができるのは、他の人にはできない予測をするための技術ではありません。むしろ、安易な想定や衝動的な決めつけに飛びつく素人くささを取り除くための実践的な知恵が書かれているのです。

一旦は緊急事態が解除され、今後やってくることが懸念されている第二波に警戒しつつ生活するこのタイミングだからこそ、データと事実に基づいて行動することを学ぶのにFACTFULNESS は最高の一冊なのです。

(追伸)

FACTFULNESSについては、以前共著者のアンナ・ロスリング・ロンランドさんに直接インタビューをした記事もありますので、ぜひあわせてご覧いただければとおもいます。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。