執筆することと、出版することのあいだの断絶

ブログを書いていたり、著書をもっていたりすると、ときとして他の著者の本をレビュー用にいただくこともあります。本ブログでもそうした記事をこれまでにいくつも書いてきました。

その根底にあるのはもちろん、紹介することによって読者に興味を持ってほしいという気持ちです。ですから興味をもってもらえる言葉が書けない場合は、タイミングが悪くて紹介できないことや、本ブログの趣旨にあわないので紹介できなかったことも過去にはあります。

しかしたいていはツイッターなどで「送ってくださってありがとうございます!」とつぶやきます。それは著者や編集のかたへの感謝と敬意ですし、読んでくださっているフォロワーのみなさんに簡潔に本の紹介をしたいからです。

…という簡単な話なのですが、どうも簡単には済ませることができないかたも世の中にはいるのが話題になっていました(ちょっと汚い言葉のツイートなので一瞥して読み飛ばすほどでよろしくお願いします)。

https://twitter.com/khorijunichiro/status/1120478913216512005

ご恵贈いただきましたという言葉は私も慣れないので使わないのですが、それにしても感謝の言葉は公共の場所に出してはいけないというこの意見には驚くとともに、同意しかねます。

しかしこの暴論に背景を与えることができるかもしれないのが、本を書くときの「執筆しているフェーズ」から「出版して売るフェーズ」になったときに体験する、あの雰囲気の変化です。

執筆と出版との間のある種の断絶

本を執筆するのは、ブログのようにはいきません。10-16万文字という量の文章全体を貫く構成や、背後に流れているテーマの統一性を手放さないように細心の注意が必要です。

そして、思わぬ形で滑り込んでくる傲慢や、失礼さや、曖昧に済ませようとする怠惰さや、わかっていないことをそのままで済ませようとする無知といったものと、常に戦わなければいけません。限られた時間のなかで間違いをできる限り減らし、誠意を可能な限りこめて、製品としての完成を目指すのです。

しかし完成して発売する頃になると?

いまの出版事情では、よいものならば何もいわなくても勝手に売れてくれるはず、届くべき人に届くはずなどという考えは甘えにすぎません。その本についてできる限り知ってもらい、話題が広まるようにしなければ、そもそも本を出していないのとおなじになってしまいます。

さきほどまで細心の注意をはらって執筆していた状態から、目立ったもの勝ちで有限の棚を他の本と争う合戦場にマサカリを振りかざして乗り込んでいかなくてはいけないのです。

目立つためには多少強い言葉をタイトルにつかうこともあるでしょうし、帯に少し盛った言葉を使うこともあるでしょうし、プロフィールを少し飾ることだってあるでしょう。

いや、わたしは地味なのでそういう方面は疎いのですが、それでも存在感はアピールしなければと思う程度にはがんばりもするわけです。この断絶のようなものは必要なものだとわかっていても、何回やっても慣れません(笑)。

しかしそれを商業主義的で品がないというのも、なにか違うと思うのです。そもそも、売り物を作っていて、売らないといけないのですから。

https://twitter.com/khorijunichiro/status/1120855261571239936

クッキーは論外として、このツイートが「書くこと」と「売ること」を混ぜてしまっているのは残念なのですが、その違いはとても重要です。

本を買うことは読むことと等価でないのと同じように、書くことは売ることと等価でもありません。本を書いているときに込めた理想や、張り巡らせた仕掛けや伏線といったものも、読んでもらえなければ気づいてもらえないのです。そうした葛藤は書き手が誰よりも知ってます。

そうした構造を理解していただければ、その鏡像となっている、本をいただいてレビューをする際の気持ちも伝わりやすくなるかと思います。

本をいただいたとき、著者や編集の方が一刻も早くできるかぎり多くの人に拡散してほしいと思っていることは重々承知しています。

しかし、ここで誰にでもできる言葉で紹介するだけでは、私もその言葉を受け取る人も物足りません。言葉を受け取った読者は本を売ってほしいわけではなくて、興味深い本を発見して読みたいのですから。

本をいただいた側は、このとき本を執筆してから売るときに越えた断絶を逆側から乗り越えるわけです。

売るための本というパッケージの奥にある、著者が苦心して書いているときの気持ちにまでさかのぼってふさわしい言葉を選び、それを記事やツイートといった形で届けること。

これがツイートによる本の紹介や、ブログによる本の紹介でいつも目指していることですし、それは非難されるいわれのないことだと私は考えています。

その結果として本が売れて、読まれるところまでいけば、それは著者にとっても、読者にとっても、そして紹介するための言葉を探し求めた自分にとっても、実にありがたいことです。

また、ちゃんと「本をいただきました」と開示するのは、読者に対して公正さを守るためでもあります。もらったものを、さも自分で買ったようにみせて紹介するのはもちろんステルス・マーケティング、ステマです。これまでも、そしてこれからも、本ブログではいただいたものについては必ず開示してから記事を書きます。そうした約束も守れなくなったら、なにを頼りに文字を書けばいいのかもわからなくなりますよね。

嫌味にみえるから、商業主義的だからといった中途半端な理由で言葉を飲み込んで沈黙する必要はありません。眼の前に本があるのですから、拙くてもそれについて語ることをよしとする世界を、私たちは選ぼうではないですか。

p.s.

クッキーは、やはり定番のチョコレートチップが大好きです。こんど焼こうっと。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。