そうか、報われる努力だけをすればいいんだ! と考えてしまいがちなライフハッカーへの警鐘の本

仕事術やライフハックを実践してもどこかで不満足な気持ちが残ってしまう。その根っこには何があるのかについて問いかけた本が出版されています。

タイトルがそもそも「人生をハックする:生活の体系化とその不満足さについて」というものですから、これはライフハックについて良い話ばかりではないなと推測できます。

本書について、その著者へのインタビューがVergeに掲載されていましたので読んでみたところ、実に納得できる内容でした。

そもそもライフハックや仕事術がもてはやされる理由とは?

アメリカでも、Self-help 系の本は常に売れていて、それはこの10年ちょっとのデジタル化の流れを受けてさらに加速しているそうです。そのことについて、著者のJoseph Reagle氏はこのようにまとめています。

this milieu is characterized by having a lot of choices and a lot of complexity, a lot of freedom and flexibility. And you would think that all of that would make us really happy, but it makes us feel uncertain and insecure, and we’re looking for guidance on how to cope. So life-hacking is trying to systematize and simplify.

この時代はたくさんの選択肢と複雑さによって特徴づけられており、それは自由と柔軟性が飛躍的に増したともいえます。それは私達を幸福にしていると思うかもしれませんが、実際には不確実で不安な気持ちにします。ですから、そうした状況に対処するための方法を探しているのです。ライフハックは、この混乱を体系化して、簡単化しようという動きでもあるのです。

What a scholar learned from studying the world of life-hackers これは、当然の帰結でもあるのですが、危険な動きでもあります。たとえば健康についての情報があまりに増えたために、どうすればダイエットが成功するのか、どうしたら健康を保てるのかといった情報が錯綜すると、意味のないサプリメントやアドバイスが横行するようになります。

ここで興味深いのは、Joseph Reagle氏はライフハックには「普通の状態に戻る」ためのものと、「最高の状態にもっていく」ためのものの2種類があると論じていることです。

頭痛や仕事上のトラブルがあって、それを解決するための方法としてさまざまな手法を試す人と、自分を実験用のモルモットのように扱って人生のつまらなく小さなことを限界までパフォーマンスを引き出そうとしているひとは、別に扱ったほうがいいというわけです。そして後者の人は、本当にその必要があるのか問い直したほうがいいと著者は指摘します。

この点は、私も「ライフハック大全」のまえがきなどで「ラクをするためのハックが日本では足りない」という話をしていたので、とても納得がいきます。

人間を道具のように、モノのように扱う考えにノーという

インタビューの後半で、質問者は「ライフハックは人間をモノのように扱うことが多いと批判される」という話題について質問しています。

この部分はちょっと説明が必要ですが、たとえばモテない男性の視点からどのようにしたら恋愛(あるいは形式的なそれにちかいもの)にこぎつけるかを解説しているナンパ師たちを描いた本のなかにも「女性のランキング化」「適用する誘い方の種類」といった具合に人をモノ化して最適化をしようとして失敗する登場人物と、「自分をいかに魅力的にするか」と多角的に考える人物の両方がいるという話題が引き合いに出されていて、後者のほうが満足度も成功度も高いという話をしています。

That’s one of the mistakes life-hackers make. Sometimes they don’t understand the system they’re seeking to manipulate, and it’s really easy to optimize the wrong thing.

ライフハックを実践する人たちが陥りがちな間違いに、自分たちが操作しようとしているシステムの仕組みを把握していないことがあります。そして間違った側面を最適化してしまうことがありがちなのです。

ここはとても重要です。たとえば「生産性を高くする」を目的にする際に、生産性を最終的なアウトプット量で測っていたら単純に労働時間を伸ばせばいいという本末転倒な結論に陥ります。でも、こうした間違いを誰もがどこかでやっていますよね?

仕事量が、収入が、体重が、出世がといった結論部分からあるべき自分へとさかのぼってハックしようとすると、間違ったパラメータを、おそらくは自分の幸せとは関係ない形でいじくることになってしまいます。まさにそれは負のライフハックといってもいいわけです。

導きたい結論にしばられるあまりに、自分の自由意思や健康や時間を売り渡した結果、本来ラクで幸せであるべきだった自分自身はモノと化してしまって、やがては自分自身も見失う。

これは努力が報われるとは限らない世界だからこそ、報われる努力だけをすればいいんだ! と安易にも考えてしまうことへの警鐘でもあるのです。

ちょっと値段が高いのですが、もしSelf Helpやライフハックの話題について批判的見地からの本を読んでみたいというかたは、洋書ですが手にとって見てください。

Hacking Life: Systematized Living and Its Discontents

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。