Evernoteの新CEO、イアン・スモール氏とは誰か?今後の開発の展望は?

いささか突然のことではありましたが、2015年からEvernoteのCEOを勤めていたクリス・オニール氏が退任し、かわりにイアン・スモール氏が就任したという記事が、Everonte公式ブログに掲載されています。

Inventing the Future: Greetings from Our New CEO | Evernote Blog

このイアン・スモール氏は過去にどんな経歴を持っているのでしょうか?これからEvernoteはどうなるのでしょうか?

巨大データをまかなう企業の経営手腕をもつイアン・スモール氏

イアン・スモール氏は、2009年から2014年まで、ビデオ会議プラットフォームのTokBoxのCEOを務めたひとで、その後も同社に会長として関わっていました。TokBoxは彼がCEO在任中にTelefonica社に買収され、さらに2018年8月にnexmoに買収されています。

氏はTelefonicaにおいてはChief Data Officerというタイトルももっており、彼がプラットフォームを維持する背後のデータセンターの維持や開発についてノウハウをもっていることを伺わせます。

また、期間は不明ですが彼はMarkLogicという企業向けのNoSQLデータベースの開発を行っている会社にも在籍していたことが知られており、やはりデータ関連の経験を買われたのではないかということが示唆されます。

イアン・スモール氏はイギリスのメールサービス Paperfold の顧問にも就任しており企業を成長させるための知識と経験が信頼されていることを示しています。

こうしてみると、Evernoteという、巨大なデータを整理し、整形して、プレゼンテーションするところまでカバーするサービスを運営するのに必要な前提条件を彼はクリアしているようです。

先の記事で、本人は自分のことをこのように自己評価しています。

I am a dedicated note taker. An inveterate list maker. A relentless task organizer. I love to work in teams. To get my hands dirty making content with others. To experience many minds working together as one. To learn from the people I work with.

私は熱心にノートをとり、リストで整理することに執着し、タスクをひたむきに整理整頓するほうだ。私はチームで働くことが好きで、他の人とともに手を動かしてコンテンツを作ることや、多様な考え方に触れて一丸となって努力すること、そして周囲のひとから学ぶことが大好きだ。

私はこの一節のなかで、“get my hands dirty” という部分がとても好ましいと思います。実際に手を動かして間違いを恐れずにプロダクトと向き合う姿勢が、この慣用句からは感じられるからです。

Evernoteの生死を分けるかもしれない、新CEO就任のタイミング

今回の交代劇はもちろん、これまでのCEO、クリス・オニール氏が財務面ではEvernoteをキャッシュフロー・ポジティブにもっていったものの、開発面や人事面では大きな悪影響を残したことをうけてのものと考えられます。

たとえば直近では一度にCTO、CFO、CPOなどの重役が退任した件がありました。

https://techcrunch.com/2018/09/04/evernote-lost-its-cto-cfo-cpo-and-hr-head-in-the-last-month-as-it-eyes-another-fundraise/

また、9月には全従業員の15%にあたる54人を解雇したという報告もされており、Evernoteの未来について危惧する声が高まっていました。

実のところ、国内外のEvernote社の知り合いが気づくと辞めていたというケースがあまりに続いて、どうなっているんだという気持ちでいたわけです。

社内の様子は知りませんので、クリス・オニール氏を悪くいうつもりはないのですが、外からみても開発は完全に停滞していましたし、事実上の更迭といってもいいのではないかと想像してしまいます。

そうした流れもあって、今回のイアン・スモール氏の就任はまさにEvernoteがイノベーションを提供する会社として再起できるかのギリギリのタイミングといってもいいでしょう。

今後について、氏はEvernoteのファウンダーであるAlex Pachikov氏と思いをともにしていることを強調してこのように述べています。

Stepan and I both think that there is more to explore and more to invent.

ステファンと私は両者とも、もっと探索し、もっと発明すべきものが(Evernoteには)あると感じている。

ここで指しているEvernoteの方向性はとても曖昧ですのでイアン・スモール氏がもっているビジョンは判然としないのですが、とにかく現状維持はありえないということがわかっているのはよかったと思います。

しかし時間はそれほど残されていないのではないかという気もします。時代遅れになったサービスにつきあっているほど、世の中は甘くありません。

今回のイアン・スモール氏の就任にニュースの価値がないと思われているのか、欧米メディアではTechCrunchが扱った以外は、Vergeなども触れていないのが印象的です。

口にも上らなくなったウェブサービスはすぐに終わるのです。

最後に古くからのユーザーとして。私たちはいいから未来へ急げ!

わたしはEvernoteのサーバー番号でいうと初期サーバである「シャード1」のユーザーという最古参の部類なのですが、もちろんこれまでの長い関わりから、Evernoteにこうなってほしい、このように改善してほしいという要望はたくさんあります。

しかしあえていうなら、本当にEvernoteが未来に向かって発展したいならば、こうした古参ユーザーのもっている昔ながらのニーズをあえて無視してゆく必要があると思っています。

パソコン上でウェブクリップをちまちま保存するのはなるほど便利なのですが、もうユーザーのスクリーンタイムはほとんどモバイルに移っているのですから流れ去ってゆくモバイル上の情報をすみやかに保存する必要性のほうが高くなっています。

ノートブックも、タグも、スタックも、スペースも、テンプレートも、ノート間リンクもいいですが、スマートフォンから便利に利用したいならばタップ数の多い情報整理なんて無用の長物です。そんなゼロ年代っぽいことをいつまでも続けるなんて嫌ですよ。そんなものは未来でもなんでもありません。

テクノロジーを使って人間の記憶をaugmentする「Augmented Memory」というEvernoteのビジョンはそのままにして、プロダクトをいまの絶滅寸前のマンモス状態から脱却させるためには、おそらくサービス自体を「別の種」に進化させる必要があります。申し訳ないですが現状では重すぎますし、古すぎますし、これから時間をかけるべき場所ではなくなっているのです。

過去ユーザーをアッといわせて、古参ユーザーが怒り狂って大量に退会して、いまのユーザーが大挙してやってくるような、生活を変えるサービスとしてEvernoteが蘇ることを望んでいます。

そんなタイミングで、私はEvernoteのすべてのノートを別アカウントに追い出して、ノート数ゼロからもう一度使い始めようと決めました。その話は近いうちにシリーズでまたお伝えしましょう。

新CEO、イアン・スモール氏に期待するとともに、彼とEvernoteの成功を祈っています。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。