頭を空にする以上の仕事術はないということ

昨日は、いまではだいぶ昔の話になった「ライフハック」という言葉の起源についてまとめましたが、ここであえて言及しなかった大きな話題があります。

それは、ライフハックとデビッド・アレン氏の「ストレスフリーの仕事術」、Getting Things Done(GTD)との関係です。

Getting Things Doneはちょっと不思議な仕事術の本で、それは自己啓発的だったり、精神論を述べるよりも、フローチャートにそって頭のなかにあることを処理することで自動的にストレスを解消し、仕事に道筋をつけることができるという手法でした。

一時期は、ライフハックとは GTD のことで、GTD をすることがライフハックだったという時代すらあったのですが、今になってもこれを越える仕事術はないといっていいほどです。

ただ、時代にあわせて GTD の形も変わっていっただけのことなのです。

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GTDはフローチャートの仕事術

GTDについては、改訂された「はじめてのGTD ストレスフリーの整理術 」が原典であり、もっとも詳しく書いていますので参照していただきたいのですが、その骨子は以下のようになっています。

  1. 「やるべきこと」であれ「気になっていること」であれ、なにか頭のなかでひっかかるものはすべて頭の外の信頼できるシステムに書き写します。これが「頭を空にする」というプロセスです。

  2. 書き出したものは「やるべきこと」ならばタスク管理のToDoリストに書き込んだり、予定ならばカレンダーに書き込んだり、特に行動できない物事ならどこかにメモしておきます。

  3. あとは、こうした「頭が空」になっている状態を維持するために週に一度くらいのタイミングでこのプロセスを繰り返します。これを「週次レビュー」といいます。

GTDにはこれ以外にも、すぐにできることはその場でやってしまう「2分間ルール」や、2つのアクション以上のものはすべて「プロジェクト」として管理して最初に取りうる行動 = ネクスト・アクションだけに集中するといった工夫がさまざまにあります。

しかし重要な点は「やるべきこと」「気になっていること」という不明確であやふやなものを頭のそとにとりだして、言葉やデータとして認識して扱いやすくするというプロセスです。

GTDはこうして仕事術を一種のプログラムや、スクリプトのようにしたことで、プログラマー的な人々に非常に受け入れられました。GTDの本の出版は2001年でしたが、2005年あたりにライフハックが広がると同時に爆発的な流行をしたのでした。

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HipsterPDAとスマートフォン

GTDがこれほど人気を博した理由に、考え方は簡単だけれども、それを実践するための実装はさまざまであってもかまわないという、いかにもプログラマー的な側面がありました。

特に、「頭を空」にした先に考え事をキャプチャーする場所として何を使うか、どのようなるツールを使うかという話題はライフハックの最も重要な関心事になりました。

ここで、まだiPhoneが誕生する以前、ハードウェア・キーボードのついたノキア携帯が主流だった時代に「紙でいいじゃないか」といい出したのがブログ43Foldersのマーリン・マン氏といった人々でした。

マーリンは5x3インチのカードを束ねてクリップで留めたものを「Hipster PDA」と名付けて、まるで携帯端末のようにポケットで持ち運び、気になることがあったら次々にカードに書き込むということを提唱し、人気を博しました(写真

トリビアですが、PDAとはパーソナル・デジタル・アシスタントの略であるものの、Hipster PDAのそれは Parietal Disgorgement Aid、つまりは「脳内吐き出し支援」の略と主張されています。

実はこのHipster PDA的なやりかたは、いまでもGTDを実践するのにもっとも楽な方法だったりします。持ち歩くのはカードではなく、ロディアのブロックメモや、リングバインダーの小型のノートでもなんでもいいのですが、「自分の外部記憶」として扱うノートが一つあるだけで、うまくゆくのです。

もちろん、その後にスマートフォンが登場したことによってタスク管理はクラウドサービス上やアプリ上で行なうのが便利だというひとが増え、Remember the milk、OmniFocus、Things、Nozbeといったサービスやアプリが開発されました。最近だと Todoist がスタンダードでしょうか。

こうしたデジタルなタスク管理でも、最初に多くの人が注目したのが「GTD compliant」かどうか、つまりどれだけGTD対応をしているかという点でした。OmniFocusなどは、最も厳格にGTDの考え方に則って開発されているので、学んだことがない人には使いづらい所があるほどです。

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紙への回帰

今回、「ライフハック大全」では2章をまるごと使ってこのあたりの流れとテクニックを網羅していますが、面白かったのはタスク管理をするうえで紙に回帰しているというひとが意外に多かった点です。

アプリはもちろん便利なのですが、結局のところはアプリの機能では吸収しきれない死角のようなものが人間の思考には随所にあって、それを受け止めることができるほどに柔軟なのが紙という、もっとも基本的なツールなのかもしれません。

この記事で初めてGTDという言葉を知ったという人も、1枚の紙をとりだして、ひたすらにいま気になっていること、いまやらないといけないと焦燥感を感じているもの、忘れないようにしないといけないと繰り返し脳内で言い聞かせていたことなどを書き出してみてください。

最初は20項目くらいしか書けませんが、周囲を見渡して、「読むつもりだった本」「するつもりだったアクティビティ」「先送りにしていた雑用」といったものを掘り起こしてゆくと、だいたい100-200項目はでてくるものです。

そうして書き出すと同時に、気持ちが楽になる開放感がやってくるはずですが、これこそがGTDの恩恵の一つなのです。そしてそれを感じるためには紙のツールであれ、デジタルのツールであれ、どちらでもよかったのです。

人間というものは、頭を空にして開放することは言葉でそれらしく書くよりもなかなか難しいということ、それが出来ることが優先順位を立てたり、プランニングを立てたり、雑用に追われるのではなく創造性の高い仕事をするための前提となっていると言えるのです。

「ライフハック大全」では、伏流しているもう一つのテーマとして、どのようにして「頭を空」にするのかという話題が随所に出てきます。ぜひ本書を手に取るとき、それを念頭に読んでみてください。

最後に重要なおしらせです

さて、16日明後日にせまった「ライフハック大全」の発売ですが、実は14日の夜、都内の大手書店には一部並び始めるらしいということがわかっています。

どこに書店にあるのか、どの棚に入るのかといったことはそれぞれの書店が決めることですので、実は著者の私もわかっていません。

そこでお願いなのですが、もしすでに本書をどこかでみかけた人がいるなら、ぜひ写真に収めて @mehori まで場所とともにツイートしていただけますでしょうか? (可能であれば #ライフハック大全 のハッシュタグも!)

写真をとるには書店のかたの了解を得る必要がありますが、「著者のひとが『ここで売っていました』というPRに使いたいと言っている」と説明して嫌な顔をする書店はあまりありませんので、殺し文句としてご利用ください。

これまでの集大成だけあって、この本はこれまでで一番出版が心待ちで、一番読者のみなさんい読んでいただきたくて、それでいて一番恐ろしい本になっています。

その恐怖たるや、本当に身震いしそうなくらいなのですが、でももう、私はこれを手放さなくてはいけません。手放して、みなさんのもとに届けないといけないのです。

この本がみなさんの仕事と生活の役に立てば幸いです。

 

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。