「パラノイアだけが生き残る」:過去を通して未来を見通すために
あとから考えると、それがすべてを変えてしまった歴史の転換点というものが、私たちの一生でもいくつかあります。
しかしその転換点に直面しているときには、それはどのような風景に見えるのでしょうか? どのようにしてその全容を感じ、どのように対応すればいいのでしょうか?
日経BP社から出版された、アンドリュー・グローブ著「パラノイアだけが生き残る」を一冊ご恵贈いただいたのですが、それがちょっと特殊な事情で、そうした時代の移り変わりを思い起こさせる本になっていました。
過去からの手紙
アンドリュー・グローブは、インテルの創業者の一人であり、短期間とはいえCEOも努めた伝説的なマネージャーです。その実績は「シリコンバレーの成長を牽引した」人物とも言われており、1997年にはTimes誌の “Man of the Year” にも選ばれています。
念頭に置かないといけないのは、この本は20年以上前に書かれたものであるという点です。先行して出版されている「High Output Management」の初版が1983年、改訂版が1995年、そして本書「Only the Paranoid Survive」が1996年です。
そしてこの時間の経過が、特殊な価値をこの本にもたらしています。いうなれば、その後の流れとの答え合わせができるのです。
本書は、インテルが1980年代にメモリ事業を主力にしていたのを、日本メーカーとの競争が激化するにつれてマイクロプロセッサ事業へと生まれ変わらせ、その後もRISC/CISC競争や、ペンティアムチップの開発という、重要な舵取りが行われていた時代を背景として書かれています。
アンドリュー・グローブは、そうした企業のあり方そのものを一変させてしまうような変化への圧力を「10倍の変化」と呼び、それがテクノロジーの変化や、顧客、流通、規制の変化といった形で出現する仕方について解説しています。
どんな情報を大変化の予兆とうけとるべきで、どんなものをノイズとするべきかというなかで「パラノイアになるほど未来の変化に敏感であること」が強調されてゆくわけです。
未来への答え合わせ
本書はそうした一般的なマネージメント本としても、90年代のインテルの企業文化を知るという視点でも読むことができるのですが、さらに踏み込んで考えると面白いのは、本書が書かれてから20年間に起こったことを、本書の内容で答え合わせするという視点です。
たとえば途中で、コンピュータ産業が1980年代にIBMやDECといった会社の縦割り型の構造をもっていたのが、1990年代には横割り型の構造へと変化したことが「10倍の変化」として紹介されています。
しかし2017年に生きている私たちは、そうした横割り型の産業が、アップルやGoogleなどによってもう一度縦割り型へと回帰している様子を知っています。アップルがアップル・ストアを開いたときに浴びせられた嘲笑を私たちは知っていますし、その後の驚くべき成功も知っているわけです。
スティーブ・ジョブズはアンドリュー・グローブを精神的指導者として崇めていたことが知られていますが、その彼がこうした舵取りをおこなったということをその後の知識とあわせて読み取ると、本書のテーマである、転換点を見逃してはいけないという教えがいっそう深まるのです。
本書は、ネット前夜に書かれているのも、大きな特徴です。解説されているテクノロジーはWindows 96以前であり、インターネットのもつ可能性については本書の後半で触れられているだけです。
最後には「インターネットがインテルに対してもつプラスとマイナス」という表が出てくるのですが、これがまたその後の歴史を知っている私たちには、なおのこと面白いことになっています。
たとえばアンドリュー・グローブはインターネットによってプロセッサのコモディティ化がやってくることは予見できていても、PCの時代がどのように終わるのかというところまでは、本書では見通していないように思えます。
このように、1996年当時に書かれた知識と2017年の私たちが持っている知識が、時を経ても通用する経営哲学によって貫かれているのが、本書の特徴です。
本書が中途半端に時代が過ぎ去ってからではなく、時代を客観視できるくらいには時間が経過しているものの記憶が消えるほどではないというタイミングで再び翻訳されたのは良かったのではないでしょうか?
翻訳も、非常に読みやすく現代的な文章として訳されていますので、著者の言葉がみずみずしさをもっているのも嬉しいところです。こうやって本は生まれ直すこともあるんですね。
というわけで、経営、マネージメントの本ではありながら、コンピュータ産業とインターネットの歴史の経営的解釈としても読める本でした。
パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか posted with カエレバ
アンドリュー・S・グローブ 日経BP社 2017-09-14
HIGH OUTPUT MANAGEMENT(ハイアウトプット マネジメント) 人を育て、成果を最大にするマネジメント posted with カエレバ
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