小さな習慣05:不安なことを紙に書きだしてみる

私にとって「小さな習慣」というのは、やっても、やらなくても、一見では違いがわからないほどに些細なことばかりです。しかし繰り返しゆくほどに、しだいに大きな違いがあらわれて人生そのものを変えてくれます。

私がよく実践しているそんな小さな習慣のうちの一つに、「不安なことを紙に書きだしてみる」というものがあります。

不安に思っていることを、頭で考えるだけでは足りません。紙を一枚とりだして、実際に書いてみるのです。この小さな違いのもたらす効果はいくら強調しても足りません。

恐怖を支配する

完璧な ToDo を用意して朝を迎えていても、気力が充実しているつもりでも、外見上はなんの不安を抱えている様子には見えなくとも、ほんのささいなことがその人のやる気を打ち砕いてしまうことはよくあります。

家庭内の不安、ほんのちょっと誰かにいわれた冷たい言葉、批判されるのではないかという恐怖や、自分自身への疑心暗鬼。そうしたものが、最初の一行を書き出す、仕事の取り掛かりを躓かせてしまうのです。根性がない、怠惰な人間だと思われるかもしれませんが、人の心にはそういう弱さがあって、そうそう都合よく強くはなれない瞬間もあるのです。

そんなときに、一枚の紙をとりだして、その瞬間に一番不安に思っていることを書き出してみます。変にごまかすことなどなく、「私はいま…」と書き出して、「〜を不安に思っている」と明確に書き出ししまうのです。

頭で考えてそれで済ますのではいけません。実際に手を動かし、頭のなかの敵を描き出してしまうのです。

[mks_pullquote align=“right” width=“300” size=“18” bg_color="#E7E8FF" txt_color="#333333"]「恐怖を支配したものは、真に自由となる」ー イオンナス・ストバエオス著 “フロリゲリウス” に引用されたアリストテレスの言葉[/mks_pullquote]

そうすることで、何一つ状況は変わりません。心配事はなくなりませんし、書いたからといって魔法のように事態が好転するわけでもありません。

しかし、敵をこうして書き出して小さな紙のカードのうえに封印してしまうことによって、その一部を頭のなかから取り出されて、そこにはりつけになっているような錯覚が得られます。

書き出してしまうことによって、頭のなかにあったときには膨張して途方も無いように思えていた不安が、実際は思ったほど大きくないような気持ちになることもあります。

「お前は」と私はカードを睨みつけていいます「ただの小さな疑心暗鬼じゃないか」、と。そうすることで呪縛が緩まり、不安の支配が和らぎます。頭のなかから追い出して形をとるだけで、多くの不安が少なくとも短時間の間は扱いやすくなるのです。

小さな祈りを付け加える

不安を書き出すとともに、そこに小さな祈りを付け加えることで、不安をそれとして受け入れることができることもあります。

「私は〜が不安だ」と書いたすぐあとに、続けて「この不安が取り除かれますように」とそのまま書いてしまいます。書いたからといって、すぐにその祈りが聞き届けられるわけではないでしょう。

しかし、重圧に対して鎖につながれている状態の気持ちをそのままにせず、「本当はこうなってほしい」と書くだけで、少しだけその束縛が緩むのです。

なぜ、書き出すことに意味があるのでしょうか? 私は科学的な根拠を持ち合わせてはいないのですが、それは「どうせ自分は…」「どうせこうなるんだ」と思いこんでいた気持ちに、それに抵抗する弾みを加えてあげることなのだと考えています。

不安をかかえて耐えるだけでは、いずれ折れてしまいます。それを書き出してしまうことには、その正体を言い当てる作用があり、本当はこうあってほしいと祈ることは、期待する気持ちを生み出します。

これを一つの儀式としておこなうだけで、最初のつまづきの石を取り除くことができることが多いのです。

 

 

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。