人生を変える小さな習慣
ソーシャルメディアが幸福度を下げるなら、そこから離れるのが解決方法か?

ソーシャルメディアが幸福度を下げるなら、そこから離れるのが解決方法か?

ソーシャルメディア、特に Facebook をみていることが人生の幸福度合いに対してネガティブな影響をもっている。そんな記事を、これは当然といっていいのかもしれませんが Facebook 経由でみて少し考えさせられました。その心理、自分も無縁ではないからです。

この研究は鬱病についての専門誌 Depression and Anxiety に掲載された論文で、閲覧するには購読費が必要ですが Abstract だけならば読むことができます。

記事は論文の摘要をうまくまとめていて、19歳から32歳の若い世代の1787人を対象にランダムなアンケート調査を行ったところ、ソーシャルメディアに触れる時間が長い人ほどうつ的傾向が強いという結果がみられたという内容です。

自己申告による情報に対する解析ではありますが、年齢、性別、所得について調整を加え、複数のソーシャルメディアを横断して調査している真面目な結果です。

こうした結果が得られる理由として、記事では「SNS上で友人らの投稿を目にすることで、自分以外の人たちは幸せで充実した人生を送っているという歪んだ認識と、うらやむ気持ちが生じる」ことを主な原因としています。羨望がストレスとなり、それが持続するとうつの傾向が強まるというわけです。

注意したいのは、ソーシャルメディアが直接うつを引き起こしているというよりも、結果はソーシャルメディアをみている時間に比例してその傾向が強くなっているということを指摘しているにとどまっている点です。

違いがわかりにくいと思いますが、別の理由があるからソーシャルメディアの利用が長くなり、長くなるからさらにうつ傾向が強まるという、フィードバックの可能性ももちろんあるわけです。

不合理な心理がしのびこむ

論文の細かい内容は横においても、こうした心理はわりとあるのではないでしょうか?

仕事をしているあいだも楽しそうに休暇を楽しんでいる友人の投稿を見てイライラとしたり、自分が快く思っていない人が調子がよさそうな様子を目にして(不当なことではあるのですが)気分を苛立たせてしまう。

あるいは知っている人同士が夕食をともにしている投稿をみるだけで「なぜ自分は誘われていないのだろう」という気持ちが起こったりすること。こうしたことは、ある程度は自然なことです。楽しいことを求め、友人とつながりたいという心理がある以上、自然なのです。

ただ、イラッとするだけ、あるいは寂しい気持ちを感じるだけなら普通でも、すでに病の瀬戸際にいるひとにとってそれが最後の引き金を引く原因になりかねません。

他人に対して自分を比べることがうつの傾向を強めることは以前から知られていましたが、伝統的にはこれは学校や職場といった社会的なセッティングで議論されていたことです。この研究は、家で一人でいるならそうしたことを知ることもなかったのに、ソーシャルメディアが個人的生活のなかに入ってきた結果うまれた傾向だというのが新しい点なのでしょう。

とはいえ、ソーシャルメディアの投稿を根拠に「友人のほうが幸せそうだ」というのは、たいていは不合理な考えで、実際のところ投稿されているのはたまたまそのとき休暇であったり、予定をいれていたひとというだけのことです。

「誘われていない」と感じるのも、夕食のテーブルにつくことができる人の数と、友人の総数を比べるならたいてい後者のほうが多いのですから、「自分だけが誘われていない」と感じるあたりに不合理な心理が忍び込んでいる可能性があります。

ソーシャルメディアをみないことが解決方法?

では解決方法は、ソーシャルメディアから離れることでしょうか?

論文の摘要を見る限り、そうであるともいえますし、そうではないともいえそうです。「そうである」というのは、ソーシャルメディアをみるたびにこうした気持ちがどんどんと深刻にになるなら、まだそこから逃げる力があるうちに逃げることが重要だからです。

でも、「そうでない」という側面もあるのは、もともと原因は別の場所にあって、ソーシャルメディアで他人をうらやむ心理が生まれた結果、それが表面化したという場合もあるからです。

みんながソーシャルメディアでいい時間を過ごしているように見えてつらい…というときに確実にいえることは:

  • よい時間を過ごしている人だけが投稿しているのであって、その背後には頑張って仕事をしていたり、苦労や不幸に耐えている人が同じ数かそれ以上いるということ。
  • 他人の書き込みをみて、「それにつけても自分は…」という心理が生まれてしまうときは、休んでいい、いや可及的速やかに休みをとるべき

という2点でしょう。すぐに休みをとることができなくとも、不合理な考えがあたまに入り込むくらいに疲れているようなので注意しよう、と負の思考のつながりを切り替えるきっかけに使えます。

つまり、こうした心の動きは炭鉱のカナリアのように使うことができるわけです。この先は危険だと気づいて引き返すために。他人が悪いわけでも、自分が悪いわけでもなくて、あなたにはしばらくの休みと、楽しいなにかを追い求める必要があるのだと気づくために。

なお、私はそうした心理があろうがなかろうが、素直にそうした飯テロ画像に「ぐぬぬ」と書き込むことに奇妙な開放感を覚えるたちです。ぐぬぬの数だけ強くなれる…わけではないですが、次のチャンスを楽しみにできるうちは、まだ引き返せるはずですので!

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著者
堀 正岳