闇に吸い込まれてはいけない

週末にパリでの痛ましい事件のニュースが入って以来、私はこうした時はいつもそうするのが常のように、限られた時間でできる限りのニュースや論評を読もうと試みています。

今回、最も初期にリアルタイムのアップデートがあったのがredditやBBCで、そこからCNNやアルジャジーラにも独自の報道が入り始めました。恐怖でいっぱいになりながらも、視線を外すことができず、夜の遅くまで私はリンクからリンクへ、SNSの書き込みから書き込みへ目を走らせていました。

しかし、これはどうにもいけませんでした。私はすこし闇に吸い込まれそうになったのです。

目を背けてもいい

実のところ、数年前のシリア内戦が始まった頃から、そしてイスラム国を僭称するダーイッシュの台頭に至るまで、私はなるべくテロや、大国による誤爆などの報道があるたびに、現地の動画も目を通しておくようにしていました。

もちろん全てを見ることなどできませんし、正視に耐えないものも数多くあります。虚報も数多く混じっていますし、自分のよって立つ価値観を揺るがす内容のものもきりがないほどです。しかし現地で苦しんでいる人のことを思えば、証言を見ることもまた必要なことなのではないかと考えたのでした。

しかしそうしたことは、心理的に大きな負担がかかります。割合こうした情報を見るのは慣れているつもりでも、ふとしたひょうしに心が沈んでどこか自暴自棄な気持ちが湧き上がってくるタイミングがあるのです。

今週末もニュースをみていて、ふと「吸い込まれ」そうになる瞬間がありました。虚無的になり、どこか痺れたように呆然となり、なにもかもがどうでもいいような気がしてくる、あの闇の入り口が見えたのです。そうした時には、いったん情報を断ち切って、まったく別の流れに身を委ねないといけません。

Facebookを見ていると、パリからのニュースに反応している人の中に、無用に攻撃的になったり、投げやりな言葉を使ったり、すこし落ち着いて考えればどうでもいい議論(Facebookアイコンを変える変えないなどは、その骨頂です)に熱くなっている人をみかけて、私は心配になってきます。

こうしたとき、ふらりと気持ちが落ち込むのは自然なことです。どこか無力感を感じ、それに反抗するように凶暴な気持ちが沸き起こるのもストレスへの応答といっていいでしょう。でもそれにのまれないように注意してください。

知ることは必要ですし、議論もまた必要です。しかしまずは、この犯人らが広めようとする不安と分断の策謀に負けないように、明るさを失わないようにしないといけません。

目を背けていいのです。悲しいニュースが負担になったら面白おかしい番組にかえて笑い飛ばしてもいいのです。友人とあって、明るくしゃべるのもいいでしょう。

あなたの心が痛んでいることは天が知ってます。だから自分の心を守って、不安の闇に吸い込まれないようにしてください。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。