ライフログ、まだ続けている? Nicholas Felton 氏の最後のAnnual Reportに学ぶデータの奏でる音楽の重要性

外出した時に歩いた距離、友人や家族と会話した時間の長さ、食べた食べ物の種類と場所、健康の状態を表すすべての指標。そうした日常の意識していないデータをすべて取得して、可視化したらどうなるか?

そうしたプロジェクトをこの10年続けてきた Nicholas Felton 氏が、去年の Annual Report、2014年を最後に終了すると宣言していました。

ライフログという言葉を多くの人が使いはじめる前からこうした活動を続けてきた Felton 氏の語る言葉には、見えざるデータを意識する大切さと、その未来についての示唆が含まれています。

私たちの人生を語るデータ

Nicholas Felton氏の Annual Report については2008年頃から何度かこのブログで紹介してきました。その美しいデザインと、情報の膨大さは毎年の楽しみでした。

たとえば、2012年に行われたレポートの一部では、彼の活動拠点であるニューヨークとサンフランシスコについて、毎日訪問した場所が詳細に記録され、最も訪問した場所を電荷になぞらえて力場を描き出すことをしています。

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これによればニューヨークについては報告された場所は496箇所、訪問したレストランは103箇所で最も多かったのが Fuki Sushi という寿司屋だったことが示されています。

このデータは彼の創った Reporter アプリを使って収集されていますので、データを入力した瞬間の天気や気温、そしてGPSによる位置情報も取得されます。それによると、データを取得した際の平均気温は華氏58.7度(摂氏14.8度)で平均風速は1.78メートル、最も周囲の環境がうるさかったのは4月10日に行ったシンセ・ポップ Chairlift のライブだったことまで記録されています。

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Annual Report は単純なデータだけではなく、より感情的な行動も数値化することも試みました。たとえばこちらは2011年のレポートの一枚ですが、パートナーと一緒にいた時間と、どこに一緒に外出して何をしたのかが詳細に分解されています。

たとえば家族や恋人がいたとして、一緒に様々な場所でさまざまなことをしたとしても、思い出はどこか漠然としがちです。それをこうしたデータで描き出すのは、冷酷なまでに客観的です。

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スマートフォンで写真を撮るという単純な行動でも、それがデータとして浮き彫りにするものは重要です。なにかを撮りたいと思ったこと、その枚数、時間、場所は写真という結果にコンテキストを与えます。

ようやく最近の写真ストレージサービスはこうした枚数の増減を加味して旅行といったイベントを自動でまとめるようになってくれました。

こうしたデータを Felton 氏は多くの場合手動で、ほとんと執念でとり続けました。そして最終年はその総仕上げとして、それまでとは違う試みが行われました。

意味のあるデータで、人生をより良くする

最終年である2014年、Felton氏はすべてのデータをそれまでの手動での取得から誰でも利用可能なアプリとウェラブルデバイスなどによる取得に切り替えました。

多くの場合歩いた距離や時間と位置といった情報は Moves によって、どういったサイトにアクセスしているかは近年進化がめざましい Rescue Time サービスによって、そして身体情報は Basis フィットネストラッカーを利用しています。

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こうしたサービスを使うだけで、たとえば4月にコンピューターの前に座っていたのが一日平均5時間38分であること、Photoshopの使用時間が累計105時間であること、この四半期の77%の時間計測を行った平均心拍数が53で一日平均64228回とった情報が見えます。

特に後半の健康情報はふだん一日ごと、瞬間ごとにしか意識することが少ないと思いますが、こうして長期間のトレンドをとると身体そのものを客観化することができます。

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すると、こうした解析をおこなうこともできます。毎日走っている Felton さんの場合ランニングの時間と体重変化は53日後に -0.537 の負相関を示していて、同様の負相関は体重と心拍数の間にもみえます。

それ以外にも、周辺気温と心拍数、通勤にかかった時間とコンピューターに向かっていた時間、音楽を聞いている時間と仕事をしている時間の相関などといった情報もでてきます。

厳密にはもう少し解析手法を洗練させたほうがいい部分もありますが、たとえば t時間のランニングをn週間続ければ何日後に何kg体重が減るかをある確度で予め知ることができるなら、私たちの毎日の行動はそれを元に変えることができるかもしれません。

Wired の取材に対して Felton 氏は「データをとるときには、それが人生をよりよくする断面であることを常に意識した」と語っています。

自分はこうしたデータ収集が自分にポジティブな影響をもたらすように注意してきたんだ。すべての人の会話を記録した年などは、僕はもっと人の名前を覚えたいと思っていた。そうしてほんの少しいま話している人の名前について注意深くなって、歩いている道の名前や、何を食べているのかを意識的にすることができれば自分は自動運転状態ではなくなるわけだ。そうすることで、すべての出来事は僕の意識に「これは記録しておくべきだ」とトリガーを引くようになるんだ。

データをとることが目的にならないように、なるべく自動的にデータを取得しつつも、その結果についてはしっかりと意識化する。これがライフログの一つの到達点なのだといえるでしょう。

毎日の食事の写真をとったり、ランニングの距離を記録しているひとは多いでしょうし、私もアクティビティトラッカーで歩数などを記録しています。

しかし、それをなるべく長期で俯瞰することで意識していなかった自分の姿を意識できるようにすること、それが重要だということです。

Felton 氏は現在 Facebook に勤めていて、多くの人が触れているタイムライン機能のデザイナーとしても有名です。

我々のオンライン上の行動が多くの場合企業によって収集されてマーケティングデータやターゲッティング広告のデータポイントに変換されている現在、Felton 氏は同様のデータがもっと簡単に、人生をよりよく生きるために利用可能になる日が近づいていると指摘します。

ライフログ、まだ続けていますか? データのためにデータをとるのではなく、その数字が語る音色に耳を傾けてみれば、今まで意識したこともないような音楽がそこにはあるかもしれません。

堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。