倉下忠憲さんの「アリスの物語」、そのライトなラノベがもたらす勇気について
ブログR-Styleの倉下さん(@rashita2)がなんとライトなライトノベル「アリスの物語」で小説デビューされています。
本作品はLivedoorブログとインプレスQuickbooksの共同企画である「ライトなラノベコンテスト」の最優秀賞を受賞した原稿に大幅に改稿をしたもので、3万字ほどという短編ながらしっかりと読ませる魅力を備えています。
しかも倉下さんの仕事ですから、少しだけ作品のなかにタスク管理的な側面も織り込んであってブログの昔からの読者はニヤリとさせられます。
そして、この「ライトなラノベコンテスト」という取り組み自体が、実に面白いさまざまな試みの舞台となっていて見逃せません。
アリスという名前
本作はじっくり読んでもそれほど時間はかかりませんので、粗筋を書いてみなさんの興を削ぐような真似はいたしません。
倉下さんの「こうしたシステムがあったらいいな」という発想がアリスというバーチャルなアシスタントとして結実したSF的な枠組みの小品といえば足りるでしょう。
作品自体の長さが短いということは、それだけキャラクターを深めるだめのエピソードを盛り込むことができないはずなのですが、この分量でもちゃんと「主人公の旅立ち」「メンターとの出会い」「破局」「償い」「女神の贈り物」「帰還」というジョセフ・キャンベルが monomyth と呼んだ英雄譚の構造の祖型が盛り込まれていることに舌を巻きます。
そしてこれは決定的に「名付け」の物語でもあります。名前とは自己定義であり、読めばわかるのですが今回の場合は物語がブートストラップ的に自らを規定する仕組みでもあるわけです。いや、本当にこれは見事。
そういう意味では、アリスという手垢にまみれて意味を喪失した名前にもう一度命を吹き込む物語の力は偉大なるかな。
「アリスの物語」についての話題は今週のライフハックLiveshow #97「アリス」でもじっくり話しています(30分過ぎあたりから)。みたいもん!のいしたにまさきさんの「アリスの物語」についての評論なども含めて必見です。
創作の過程を垣間見る
この「アリスの物語」には、読者としてもう一つの楽しいおまけも付いています。
それはあの “Gene Mapper” の藤井太洋さんによる初稿に対する修正を読むことができる点です。これは必見。
この修正案が実に徹底していて、小説として読みやすくするための修正案と、創作物としてさらに魅力を高めるための提案とが色分けされて膨大な書き込みとなっています。
初稿から完成稿への変化を読むと、二人の手によって物語が「あるべき姿」へと姿をより鮮明にするプロセスが見えてきます。
普段わたしたちは小説や商品としての本の完成品しかみることはありません。しかしその背後にはこうした作品をあるべき場所へと漸近させる膨大な作業があります。どんな作品でもそうです。
つまり今回の「ライトなラノベコンテスト」倉下さんの「小説家」としての一面を発掘するだけでなく、創作の過程を見せることで私たちのなかの作家性をも発掘しているといっていいでしょう。
これを読んでしまったらむらむらと書きたくなる、その感情に蓋をすることができなくなる人を誘っているのです。
もう一つ、才能について
もう一つ、今回の「アリスの物語」の発刊が自分のことのように嬉しいのは、これが倉下さんの新しい才能を引き出したからです。
ここで「才能」という言葉で表現したいのは、天賦の才のことでもなければ、「この人には才能があってこの人にはない」という具合に人を差別するためのパラメータでもありません。
それはこのチャンスに、締め切りまでに作品を作り上げて公開することができるという勇気のことです。
スティーブ・ジョブズが語ったように、“Real artists ship” を実践しているということでもあります。ここでいう ship は「出荷する」「発表する」「とにかく玄関から出してしまう」ということです。
とにもかくにも出荷すること。これがものを作る人の第一要件なのだということを再確認するとともに、大いに勇気をもらえた気がします。
この、小さいようで大きな飛躍を跳んでみせた倉下さんに心からの賞賛と、魂のそこから絞り出す「ぐぬぬ」をおくりたいと思います。
あー、くやしいー(笑)
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