世界を動かすプレゼンの7原則

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2020年の東京オリンピック招致際、私はちょうど本業で北極の航海に出ていましたので話題となった「おもてなし」を含めて何も見れずにいました。しかし決定の知らせは大きな興奮とともに衛星回線を通して伝わってきたので、すぐさま船内にそのニュースをふれまわったのを覚えています。

ところで、オリンピック招致には、背後に専門のコンサルタントがいるというのはご存知でしょうか?

オリンピック招致は候補となっている都市についてのPRのみならず、ホストとなる国とその文化、そしてオリンピックを開催することの意義を強烈に伝える必要があります。コンサルタントは、この多岐に渡るプレゼンテーションを裏で支える「影の立て役者」なのです。

2020年の東京オリンピック招致の際にコンサルタントを務めたニック・バーリー氏が、世界中の都市をおさえて招致を勝ち取ったプレゼンの極意について書いた本、「世界を動かすプレゼン力」が2/26に出版されます。NHK出版様にこの出版記念イベントに招待されましたので、行ってきました。

世界を動かすプレゼンの7つの原則

ニック・バーリー氏の肩書は、国際スポーツ・コンサルタント会社 Seven46 の創業パートナーでありCEO。この Seven46 という会社名は、ロンドン五輪の招致が決定した瞬間の時刻から来ている通り、ニック・バーリー氏の会社はこれまでにロンドン、リオ、そして東京と、三連続で五輪招致に貢献することに成功しています。

そんな彼が、東京オリンピック招致のプレゼンで留意したのが次の7つのポイントです。

1. Do the math:

数字をちゃんと押さえること。プレゼンの長さに対するコンテンツの量、項目数は偶数ではなく奇数、客が関心を失ってしまう5分の間に何をみせるかなど、プレゼンの量と数字をちゃんと考えること。

2. 観衆を理解する

たとえばオリンピック招致に際しては、聞き手はオリンピック委員会の人々になりますが、ここには様々な国の様々な立場の人がいます。何が彼らを結びつけているのか? 共通の問題意識はあるか? といったように、プレゼンを聞くがわを理解しておくのは肝要です。

3. インパクトを生み出す

ニック・バーリー氏がリオのオリンピック招致で大成功を収めた一枚のスライドは、世界地図の上に五輪開催地と地域別の数字を重ねた簡単なものです。欧州やアメリカ、欧州、アジアでは開催が多いのに対して、南米はほとんどないことを印象づけました。最も衝撃を起こす何かがあるなら、それをなるべく早い段階で投入します。

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4. インパクトを持続する

どんなインパクトも、長続きはしません。そこで緩急とともにそれを持続させる工夫が必要となります。東京オリンピック招致の際には、パラリンピアンの佐藤真海さんのプレゼンから竹田理事長へ、猪瀬知事から滝川クリステルさん、太田雄貴さんへと、内容的にも盛り上げ方としてもペースを作ることを意識したそうです。

5. ビジュアルであること

話している内容をビジュアルによって補完すること。これは、話している内容と同じビジュアルと使うという話ではありません。むしろこれは失敗を招いてしまいます。太田雄貴さんがプレゼンで「想像して下さい」と発言した瞬間に、東京の景色を映し出すなどといった演出は、こうした言葉と画像の相互作用を意図したものだったといいます。

6. ビジョナリーであること

この点が日本人には最も難しい点であるとニック・バーリー氏は指摘します。日本人の慎み深い、遠慮しがちな性質が、「私たちは他の都市よりも五輪開催にふさわしい」とはっきり言うことを妨げるというのです。しかし、ビジョンがあるならはっきりとそれを眼前に並べること、それ以外の方法では世界を動かすことはできないと氏は著書で強調します。

7. パフォームすること

スライドのたくみさ、内容の素晴らしさだけでなく、届けようとしているメッセージを演じることが重要になります。このためには、手の動き、壇上での振る舞い、目線、口調、表情に至るまで、すべてを制御しなければいけません。難しいようにみえますが、これを達成するには回数練習をするだけでも自信がつきます。五輪招致プレゼンは数十回にわたって練習が行われ、そのなかで身振りや、発音しにくい単語なども一つ一つ選び直されるといった工夫が積み上げられたのが、あのプレゼンだったのだといいます。

日本人が信じ始めた

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イベント終了後、少しの時間ニック・バーリー氏と話す時間があったので、質問したかったことをぶつけてみました。

それは次のような質問です。日本人はこの数十年でみても、ずいぶんと国際的な場で活躍できるようになってきた。英語が上手な人も多いし、プレゼンにも慣れている。国が少しずつ疲弊しているという人もいるが、こうしてオリンピックを開催できるくらい恵まれてもいる。そんな日本人が、これから日本人らしく世界で戦う際に、プレゼンという見地から最もハードルとなるのはなにか?

ニック・バーリー氏は親切に答えてくれました。

「日本人は慎み深かったり、礼儀正しいということを重んじるあまり、はっきりとしたビジョンを提示することを避ける傾向にあると思う。オリンピックを開催したいという話をする際、『なぜ開催すべきか』と理屈で相手に説明しようとしてしまうが、時としてそうした理屈が最も危険だ。日本人の本性と逆かもしれないが、何はともあれ意思を伝えることが最優先なんだ。そのためにも、今回のオリンピック招致のプレゼンは一つのモデルケースとして利用できると思う」

なるほど、と思って東京オリンピック招致の映像を見に行こうとしてみると、なんと、これがほとんどみられないのですね。なんともったいない…。

しかし、本書では上に挙げた7つのポイントの具体例だけでなく、五輪招致のプレゼンの文章、そのプレゼンで注意した点などが非常に具体的に解説されていますので、この本があればその雰囲気は伝わるのかもしれません。

正直なところ、私は東京がオリンピック招致できるとは、とても信じていなかった側の人間です。

それが、こうして成功して、様々な問題はありながらも、実現に向けて動き出しているのを見ていると「ひょっとして、うまくいくのかもしれない」と次第に信じられるようになってきました。信じることが始まれば、ひょっとすると物事は好転してゆくのかもしれない。

ニック・バーリー氏と別れ際に私が彼に伝えたひとこともそれでした。

「ありがとうニック。Thank you for making us believe」

プレゼンの本というよりも、今回のこの招致の経験を通して、何かを信じ、何かを伝えるための方法について書かれた良書です。書店でみかけたら、ぜひ手にとってみてください。

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。