未来を予想したいひとのための思考のエッセンス:「シグナル&ノイズ」(日経BP刊)

未来を予測できると大言する人はいくらでもいます。しかしその大半、いえ、全員があてにはなりません。

しかしこの世には未来に「半歩」だけ先に入り、ある一定の確率で次に起こることを予測する方法があります。それが統計的な手法です。

大著「シグナル&ノイズ」の著者ネイト・シルバーは、メジャーリーグの選手成績を予想するPECOTAシステムの開発者としてしられ、また、NYTimesのブログFiveThirtyEight(現在はESPNとのパートナーシップで別ドメインへ移行)で大統領選挙の予測を行い、2012年に関しては50州すべての予想を的中させたという実績をもっている人物です。

その彼が、新型インフルエンザから地球温暖化、テロリズムから巨大地震から経済破綻にいたるまで、「予測」について書く言葉に耳を傾けない理由はありません。### 予測、その捉えがたい実態

しかし、ネイト・シルバー氏はまえがきではっきりと言い渡します。「この世に、完全に客観的な予測はない」そして予測に主観が入る以上、それはかならず誤謬の種になると。

私はそれを2008年の大統領選挙で毎日Gallupが報告する世論調査と、FiveThirtyEightが提供している予測情報をつぶさにみていて感じたことでした。

オバマ大統領が再選するのか? それともロムニー候補が勝つのか? 選挙後半、さまざまなメディア攻勢がゆきかうなか、Gallupの予想が有意に共和党優勢へと傾いていった時期があります。

Gallupは党派思想のある組織ではないとされています。そして世論調査の扱いも客観的だと説明されていました。しかし同じ世論調査でも、「共和党 / 民主党支持」を目的とした調査や、調査対象が少なすぎる、あるいは偏りすぎているものも多数あります。それらをどのように予測にとりこむのかには主観が入るのです。これが「ノイズ」です。

Gallupの予測が次第に共和党優勢となるなか、FiveThirtyEightはほぼ一貫して「オバマ大勝」を予測し続けます。そして結果は、FiveThirtyEightの通りになったのでした。それはネイト・シルバーの統計ノイズが、より大統領選挙の予測に適合した、ノイズを除去する仕組みをもっていたからにほかなりません。

予測できるものとできないものを描き出す13章

経済破綻、選挙、スポーツ、天気予報、巨大地震、インフルエンザ、ギャンブル、チェス、ポーカー、金融市場、地球温暖化、テロリズムと、本書では13章にわけてそれぞれの分野においての予測モデルと、その限界が語られます。

おそろしいほどの分厚さなのですが、テーマが異なる13冊の本が合わさっていると思えば安いものです。実際、それほどまでにテーマは多彩に分かれているのです。

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間違えてはいけないのは、この本は「予測を提示している本」ではないということです。どこをみても、次の巨大地震がいつくるかは書いていません。その一方で、巨大地震を予測するためにわれわれがもっている最良の予測の仕組みと、その限界については非常に詳細な内容が書かれています。

たとえば日本の地震は過剰適合、つまり少なすぎるデータに対して予測を都合よくたてたケースだったのではないか?という指摘は心に突き刺さりますし、温暖化が起こるといっても15%の割合で寒冷化が短期間に起こる可能性はあるという記述は科学者としての私に謙遜を教えてくれます。

本書の内容は非常に込み入っていますが、それを一般の読者が読む価値は大きく2つあります。一つは、統計的な考え方という、ふだんは馴染みのない思考方法に慣れることで主観を削ぎ落とすプロセスを学ぶことができる点です。

もうひとつは、さまざまな予測のモデルを知ることで、ご自身の分野でもなにが予測可能で、何が予測不可能なのかというあたりをつけるセンスが身につくという点です。私は仕事でビッグデータの統計ばかりをしていますが、本格的に統計学を学ばなくとも、このセンスだけでも充分なことがよくあるのです。

未来を知る方法はありません。しかし未来を高い確率で予感することはできる。そしてその予感を活かすことができる社会になれば、いったいどれだけの命が、破壊が、損失が避けられるのでしょう。

それは未来へ向かって仕事をする人なら、ぜひとももちたい視点です。

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。