「仕事術」や「ライフハック」はくたばらないといけない

スコップで穴を掘ってから、その穴を埋めているだけの人をみたら誰しも奇異に感じることでしょう。しかし注意しなければそれは「ライフハックの罠」そのものなのです。

Slate に掲載されていた “Down with Lifehacking!” (くたばれライフハック)という記事は表向きの攻撃的な印象とはうらはらに実に大事な部分に光をあててくれていて素敵です。

記事の前半は Andrew Smart の新刊 “Autopilot ” を題材にして 24 時間を最適化し続けるライフハッカーを批判します。Smart の本の題材は「何もしない時間」で、そうしたアイドリングの時間が基本的な能力に貢献しているという内容です。

一見、効率化をして時間を生み出す典型的ライフハッカーと相性がよさそうですが、実のところどうでしょう。24時間すべてのスキマ時間を活用して少しでもタスクを実行しようとして、常にスマートフォンのアプリの設定をいじくっている人にそんな余裕はあるのでしょうか? と記事の作者は皮肉ります。

As “lifehacking” becomes an industry with its own blogs and book-length guides, a good chunk of the freed-up time often goes to fix, upgrade, or replace the very tools and programs that make lifehacking possible. Is there anything more self-defeating than using technology to free up your time—so that you can learn how to do an even better job at it?

「ライフハック」それ自体が市場となり、ブログや本が流通するにしたがって、そもそも時間を生み出すはずだったアプリやツールを設定し、アップグレートし、習熟するための時間もいい感じに増えてゆく。テクノロジーを使って時間を生み出したあげく、それをまたテクノロジーの習熟のために失う以上に無駄なことがあるだろうか?

まったくもってその通りです。## 魔法から呪いへ

記事の後半は Jonathan Crary の “24 / 7 ” が題材となって、現代の24時間動き続けるマーケットと個人の仕事とが最後の聖域であった「睡眠」を蝕んで社会そのものを不眠不休にしつつあるという話題に触れています。

ここでちょっと偏っていなくもないのですが、センサーで睡眠さえも最適化しようとするライフハッカーたちをを批判して次のような言葉が書かれています。

The problem is that once you accept the argument that “quality sleep is not about quantity,” it is tempting to use that knowledge to cut on out sleep altogether. And once the tools and techniques for sleephacking are cheap and universally accessible, how could you explain your irresponsible insistence on sleeping longer rather than, well, “better” either to yourself or to your boss?

問題は「睡眠は長さではなくて質だ」という文言を受け入れてしまうと、それは睡眠を削る方向にしか使われない。そして睡眠を管理するテクニックとツールが安価で手に入るいま、自分に対しても上司に対しても、いいわけはできなくなる。短い時間で同じ質の睡眠が得られるのに、どうして長く眠ることが許されようか?

ここは「睡眠」が題材になっていますが、他のどんな一角にもあてはめることができます。スマートフォンで電車に乗りながらメールが確認できるとわかっているなら、どうしてそれをしないのか? Dropbox で自宅でも仕事のファイルを開けるのなら、なぜそうしないのか? なぜ君はブランディングをしないのか? 速読は? 人脈術は? 魔法の片付けは?

自分を助けるはずだった魔術は、今度自分自身へとかけられる呪いになりかねません。

ライフハックは一度くたばらないといけない

一応「ライフハック」という言葉を含むブログを書いている身として、私は本来なら反駁のひとつでも書かなければいけないのかもしれません。しかし本記事には同意することのほうが多くあります。

ライフハックや仕事術は「ここまでできなきゃダメでしょ」という人間の超人化を目指すものではないはずです。そしてその果てにあるのが、テイラー流の人間の機械化というのではあまりに切なすぎるではないですか。

スマートフォンでスキマ時間を生み出すためにアプリの設定に没頭するのと同じくらいに、せっかく生み出したスキマ時間がスマートフォンに消えるのは不毛です。

あるいは終わりのない自己管理の果てにタスクリストばかりをチューニングしているのは、実際の仕事を来る順番に叩き潰すのに比べてどれだけ「効率」がいいのでしょう。

そしていくら「気付き」や「学び」を繰り返したところで何かが動いてないなら、それは人知れず森の中で落ちる枝の音と違いがあるのか。

このどれもが、私が犯してきた間違いで、繰り返したくないと感じていることです。

一見有用にみえて結局は時間のかかるものを拒否する

ですから、筆者が言うとおり、一見有用にみえて結局は時間のかかる言い訳のような「ライフハック」がもし日常にあるなら、それは一度見なおさなければいけません。

それがなければ仕事がはかどらない状況の根底には何があるのか? それは人生の幸せを増やしているのか、それともより忙しくすることにしか貢献していないということはないか?

あるいは便利なツールも、本当に使用前に比べて楽で、時間が節約されて、ストレスの少ない状況を生み出しているのか? どこかに無理がないか?という視点でふるいにかけないといけないでしょう。

そして最終的には、どんなテクニックや「◯◯術」というものであっても、それは本当に自分に必要なものなのか注意しなければいけません。というのも、あなたはそれがなくても十分に充足した個人である可能性は高いのですから。

そう、そういう「ライフハック」がなくてもきっとあなたには何の問題もないのです。

しかしそうしたテクニックやツールにも、もちろん意味がないわけではありません。

そうしたものの中に弱い自分の心を支えて奮い立たせてくれる言葉や考え方があるなら。どうしても混乱して千々に乱れてしまう思考をまとめるために助けになるものがあるなら。自信なんてまるでない場所から世界に立ち向かうべく勇気を振り絞るための助けになるものがあるなら。

そうしたものこそ、私にとっての「ライフハック」で、このブログでこれからも紹介したいと願うものなのです。

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堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。