アップルストアの魔法を解き明かす「アップル驚異のエクスペリエンス」
ここにはいつも特別な空気がただよっています。
銀座にあるアップルストアの門をくぐり抜けるたびに、どんな素晴らしいものを見ることができるだろうか、何かよいものが見つかるかもしれないという期待感がいつもあります。
それは私がアップル好きだというだけでは説明がつかない、いや、そもそも自分をアップルファンにした何かが流れ出している場所といえるのです。魔法のようにみえる店の磁力、それはどうやって生み出されているのでしょうか?
日経BP様から献本をいただいたカーマイン・ガロ著「アップル 驚異のエクスペリエンス 」を読んで、その魔法の一端を感じ取ることができました。### アップル全従業員と客の織りなす物語
本書は「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン 」「スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション 」の二冊に続くカーマイン・ガロさんによるアップル神話の解体本の三冊目です。
前二冊もすばらしかったのですが、私はひょっとしてこの三冊目が最も面白いのではないかと思いました。
というのも、過去の二冊はスティーブ・ジョブスという現代の「偉人」とその周囲に作られたアップルという企業の仕組みを取材していて、結局のところは「すごい人」の話だったからです。
それに対して今回の「アップル驚異のエクスペリエンス」はアップルの全世界の従業員によって共有され、アップルストアを訪れる何十万人という顧客との間でかわされる時間と体験とを解体した本だからです。
アップルストアは登場した当時、全米の評論家がその失敗を予測して「ジョブスもついにイカれてしまった。実店舗などに手を出すなんて」と言うほどでした。
それが今では典型的なアップルストアは毎週2万人の顧客を迎え、1平方フィートの店の面積あたり4700ドルを稼ぎだすという大成功を収めているばかりか、多くの町ではシンボルのようにたたずみ、まるで神社か神殿かといったステータスを獲得しています。
しかしこれはスティーブ・ジョブスのような個人の才覚だけで生み出せるものではありません。この店に内包され、従業員全員が体現しているアップルのビジョンがあってこそ、全世界のアップルストアはこうした特別な場所になったのです。
アップルストアを作る3つの柱
カーマイン・ガロさんはアップルストアの魔法を3つの要素に分解して解説します。
まず第一部ではアップルストアの従業員にスポットをあて、いかにアップルの従業員がひとつのビジョンを共有しているかについて解説しています。
アップルストアの従業員のビジョンは簡単すぎるほどです。それは「顧客の生活を豊かにする」という短いメッセージで、小さなカードの裏に印字されて持ち歩けるようになっています。
このビジョンのためにどのような従業員が求められ、どのような素質が重視され、どのようなリーダシップが、どのような組織体制が必要なのかが描き出されます。それはこれまでスティーブ・ジョブスのような個人から語られてきたアップル像とは異なる、企業としてのアップルの顔です。
第二部では、アップルストアの従業員と顧客とのやりとりが豊富な実例とともに解説されます。たとえばどうしてアップルストアの平均的な待ち時間は3分以内に収まっているのか、トラブルが発生した時にアップルストアの従業員に与えられている裁量権などがそのメリットとともに理解できます。
第三部では、アップルストアの見た目のデザインとそれが生み出す顧客体験について解説が進められます。
本来は最もわかりやすいはずのアップルストアの見た目の部分についての解説が一番最後になっているのは、そこに込められたアップルのビジョンを理解しなければ、その重要性は皮相なものになってしまうとカーマイン・ガロさんは感じているようです。
たとえば有名な「なぜアップルストアのノートパソコンのディスプレイは90度の角度になっているか」という話題も、「顧客がそれに触れることを誘うため」という答えではそれは単なるテクニックに過ぎません。
むしろアップルストアでの顧客の時間を新しい経験でいっぱいにする、五感に訴える体験を演出する一環だと理解した上で読み解くと、アップルストアがいかに多くのノウハウとそのそぎ落としから成り立っているかがわかって興奮します。
従業員が体現しているビジョン、振る舞いに現れるビジョンの息づくさま、そしてそれを見た目に明らかにするストアのデザイン。この3つの柱を膨大な実例で本書は描き出します。
わたしたちも、体験を生み出せる
本書はもちろんアップルファンにとって楽しい読み物になるはずですが、むしろアップルストアの成功から何かを学び取りたいと思っている人にとってかっこうの解説書です。
それは店をもちたい、上手なセールスマンになりたいという人以外にも、スマートフォンのアプリにおけるユーザビリティーにも、普通の職場で周囲の人とどう接するかというミクロなレベルでも参考になるものです。
あなたの毎日は一つのビジョンを、一つの体験へと集約しているでしょうか? そこには他人に感動を与える仕事の秘密があるのです。
また、本書の内容をアップルというどこか遠い世界でのみ可能なことだと切り捨てる衝動に駆られた人は、本書の巻末に挿入されたEvernote CFO外村仁さんによる解説を読むことをおすすめします。
外村さんは本書の内容をどのようにして日本企業の風土でも活かすことができるか、それが今後の日本社会にとっていかに重要なことかを語られていて必見です。
アップルストアはたしかに特別な魔法がかかった場所です。しかし本書を読めば、次にアップルストアに足を踏み込む時、あなたはその魔法の仕組みを読み取ることが可能でしょう。
そしてその魔法の一端を心にしのばせて持ち帰ることがきっとできるはずです。
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