誰もが知るべき「成功するには好きなことをしろ」の罠: Cal Newport 基調講演 #WDS
7月に開催されたWorld Domination Summitの紹介記事ものこり3つとなります。二日目、次に登場したのは数学の研究者であり、ブロガーでもあるStudy Hacksの Cal Newport さんでした。研究者でブロガー、どこかできいたことあるプロフィールですね(笑)。
彼は非常に有能な研究者ではあるものの、生まれもった才能よりも意識的に実践し、測定できる訓練を重視する記事を多く書いています。このブログでも「あなたを次のレベルに押し上げる『集中的訓練』の方法」という記事で紹介しました。
そんな彼が壇上で論じたのは、よく耳にする「成功するには、好きなことを仕事にしろ」という考え方の罠と、それを避けるための方法でした。### 好きなことが成功を導く?
「好きなことをしろ」「情熱を追え」これは感情的、情緒的にはよいアドバイスといえます。しかしキャリアアドバイスとしては正しいのだろうか? 数学者らしく、Cal さんはこの前提に疑問を提示します。
「好きなことをしろ」「Follow your passion」という考え方は、ずっと昔からあるようでいて、実は近年になって生まれたものだということはあまり知られていません。
「Follow your passion」という言葉は1940年代の劇の台詞にさかのぼることができるものの、それが大きく認知されたのはリチャード・ボウルズの「あなたのパラシュートは何色? 」以降だといえます。
それまでは徒弟制度時代から受け継がれた「努力」「忍従」が一人前になるための方法で、自分の主体的な「情熱」がよい仕事をするための条件とは思われていませんでした。
戦後のナレッジ・ワーカーの隆盛とともに、この「Follow your passion」という考え方は大きく認知されます。そしてリチャード・ボウルズの本もベストセラーになり、この用語が使用される頻度も次第に増えます。今では、「好きなことを仕事にする」ことが「よいこと」であることはまるで公理のように受け入れられています。
「しかし」と Cal は注意します。「このアドバイスは情緒には訴えるものの、現実に有効であるとは考えにくい。実例を示そう」
成功からその理由を逆算はできない
いま、「Follow your passion」という言葉の頂点に輝いているのはスティーブ・ジョブズによるスタンフォード大学でのスピーチです。
ジョブズはそのなかで、人生に起こる点と点をあらかじめつなぎあわせて考えることはできない、だからこそ無駄なものはないと言い聞かせて、情熱を追い求めるべきだ。と熱っぽく語ります。
このスピーチの感動的なメッセージはそれとして、この言葉をキャリアアドバイスとして真に受けていいのだろうか? と Cal さんは疑問を提示します。
人生に対して幻滅しないことは一つの教訓であるものの、ジョブズの若い頃の情熱(スピリチュアルな面や、大学から退学する選択など)がそのままアップルにつながらないことは明白だからです。
ここで面白い研究があります。ミシガン大学の Amy Wrzesniewskiによれば、同一のポジション(部長、社長など)にいる人がその職業を「天職である」と答えるか否かを予測する指標として、技量や、収入、あるいは熱意などは有効ではなく、その仕事に従事していた年数が多いほどそう答える傾向にあったというのです。
また別の研究によれば、人が「情熱を感じる」とこたえるもののうち、4% 未満しか実際のキャリアに直結しないという結果もあります。
「カナダで男の子が好きなものを職業にするとしたら、みんなホッケー選手にならないといけないかもしれないね」と Cal は悪戯っぽく言います。
「青い鳥」を外に求めない
それではどうすればいいのか。Cal はとても現実的な提案をします。
「自分は何が好きなんだろう? 自分は何をすべきか? などと外側に自分の情熱を求めることはやめるといい。なぜならそれが長い目でみてあなたのキャリア形成に役立つかは博打にすぎないからだ」
「そのかわり、いま実行可能な仕事のうち、最も興味を抱かせるものを選んで、その限られた範囲でスキルを身につける。するとそれが、次のステップを踏むためのレバレッジとなるんだ」
たとえば「自分はどんな卒論が書きたいのだろう」と足踏みばかりしている学生を見ることがあります。こうした学生は、とりあえず正しい道かわからないけれども作業に飛び込み、そのあとで軌道修正する学生に比べてたいてい遅れる傾向にあります。
ここで無理に「好きなことを」という縛りを与えずに、スキルと知識の形成を優先する。するとそのスキルが、次のレベルでより心の向かう先へといく自由を与えてくれるというわけです。
幸せの「青い鳥」が実はどこにいたのか、私たちはみんな童話で知っています。それならばなぜそこから始めないのか、Cal さんの講演はそう言っているようにも聞こえました。
■ 講談社特設ページ