起業するのにお金はいらない:マイクロ起業家たちの$100 Startupパネル #WDS

wds2012-596

口に出して、繰り返して言ってみてください。“The Quest for personal freedom is to serve others” 「自由は、他者に奉仕することで実現する」

これは先日、「常識からはみ出す生き方 」の邦訳が日本でも出版され、欧米では二冊目の本 “The $100 Startup “が好調のクリス・ギレボーの言葉です。「ノマドワーカー」が一種「自由」を標榜する新しい生き方として注目と批判を浴びていますが、実はその本質をここまで簡潔に言い当てた言葉はないと思います。

あまりに内容が濃すぎて、やっと World Domination Summit 一日目のリポートが終わるところですが、一日目のハイライトはクリス他、「$100 Starup」に登場したマイクロ起業家たちのグループセッションでした。

その多くは $100 からせいぜい $100 といった少ない資本金でビジネスを(多くの場合は偶然のなりゆきで)立ち上げ、生計を営んでいる人々です。

彼らはどうやってこうした生き方を実践しているのでしょう?### セールスマンから絨毯商人へ

マイケル・ハンナ氏はどこにでもいそうな、中年の男性です(上の写真で右端)。しかし25年にわたってとある会社の営業職として勤めていた彼の人生は、とつぜんのレイオフによってひっくり返ってしまいます。

ショックを受けたマイケルですが、職を探している彼に家具屋を営んでいる友人が「クレイグズリストで売ればそれなりになるんじゃないのか」と安価で絨毯をゆずってくれます。それまで絨毯に関して何の知識もなかったマイケルですが、廃業したカーディーラーの店を安く借りて絨毯の店を開きます。

転機はネットからやってきました。それまでも彼の店で絨毯を買った人がネット上で「いいね!」をつけることでクチコミは広まっていましたが、自転車で来店した人には、特別仕様の自転車でカーペットを家まで届けるというサービスを行ったところ、YouTubeにファンビデオが登場して話題はポートランド中に広がります。彼がすんでいるポートランドは全米一の自転車社会ですが、それがネットと共鳴したのです。

意外な展開で始めた絨毯ビジネスが、いまでは彼の家族を支える収入源となっています。「クビになってからのこの二年は本当に驚き続きだったよ。私は会社員から、絨毯屋になったんだ。そしてこれまでこんなに幸せだったことはない」

ミクロなビジネスに活路を見いだす

wds2012-597

パネリストとして登場した人々はすべてこうした物語をもっています。

たとえばニューヨーク在住のエミリー・キャヴァリエさんは、忙しすぎてなかなか友人をパーティに誘えないので、それなら真夜中に集まって食事をする「ミッドナイト・ブランチ」をやってはどうだろうかと半分冗談のようにイベントを開きます。

エミリーさんは民族料理に対して情熱をもっていましたが、このイベントで提供されるエキゾチックな料理が話題を呼んで、Googleも彼女のイベントを検索に登録し、やがてはフルタイムのイベントホストとして独立することを彼女は選びます。

アイルランドなまりで登場したベニー・ルイスさんのビジネスは「3ヶ月で外国語を覚える」というブログの運営と、それをもとにした本と教材の販売です。しかし彼も最初から多くの言葉を話せたのではなく、たどたどしく新しい単語を使いながら自分のアパートを案内する様子を動画にしてアップするなど、読者の信頼を地道に獲得することで、外国語の学習を個人的なビジネスにまで発展させました。

パネリストは必ずしも独立している人だけではありません。

milepointを運営するゲイリー・レフさんは、ビジネス・ファーストクラス用の飛行機チケットを、マイルを利用して賢く購入するコンサルタントをしていますが、彼はこれを本業の片手間に行っています。

ゲイリーさんは旅程が同じ二人の搭乗者について$250の固定費でコンサルティングを行います。ずいぶん値段が高いように思えるかもしれませんが、彼の客は数千ドルのビジネスクラス以上のチケットを購入する人々です。

マイルを活用したり世界周遊チケットを利用することで、思い通りの旅程を組んでさらに節約ができる場合が多いのですが、ほとんどの人はそこまでマイルについて学ぶ時間はありません。ゲイリーさんのコンサルティングはそうした人々に助言をすることで成り立っているのです。

仕組みではなく、価値

これらのパネリストの多くは、もちろんネットを活用することで集客を行っています。全員がウェブサイトをもっていますし、ネット上で製品をうったり、オンラインの講習を提供する人もいます。

そして、自分自身のもっていたちょっとマニアックな知識だったり、情熱をウェブサイトに実現することでビジネスは始まったのです。そういう意味では、ほとんど資本金は必要なく、アイデアと情熱と、仕組みが重要な役割を演じます。

では、そうした「仕組み」がすべてかというと、そうではありません。そこで最初の一行が登場するのです。

“The Quest for personal freedom is to serve others”

「自由は、他者に奉仕することで実現する」

独立する、ノマドワーカーになるというと、その「独立」「自由」の部分だけが注目や嫉妬を集めますが、結局の所はその人がいかなる価値を提供することでその正当な対価を得ることができるか? という問題に帰着します。

たとえばゲイリーさんの場合は、長い間自分が対価を得る資格などないと感じていたそうです。あまりに相談されることが多くなり、奥さんの強い強い勧めに従ってようやく $250 というモデルを立ち上げたところ、客が減るどころかさらに増えることになりました。

「人が繰り返し質問してくることこそ、自分の専門分野なんだ」と彼はいいます。そしてそれを利用して人を助けることが彼のビジネスの「価値」です。

ベニーさんの外国語ブログは、けっして「僕は天才だから言葉がぺらぺらなんだ」と標榜しません。先日も習い始めの中国語で恒例のアパートの紹介をしている様子を動画で公開すると、多くの嘲るコメントがついたといいます。

しかし彼はゆっくりと学びます。着実に言葉を覚え、旅をして、面白い人と出会い、友人を作りながら、やがてはその国の言葉をマスターしてしまいます。読者はその旅に同行させてもらうだけでも面白いですし、彼が中身のない偽物ではないと知ることができます。

言葉を覚えることが、人を、文化を知り、よりよい人生を生きることにつながる。それを確信する旅に連れ出してもらえることが、彼のブログとビジネスの「価値」です。

あなたが提供できる「価値」はなに?

wds2012-595

このパネルは、私のなかにとても深い印象を残しました。

世の中には「情報」を売ると標榜する商品が少なくありません。なんらかの「術」を教えるとしているセミナーも数多くあります。しかし多くは、怪しい印象しか与えません。

それはなぜかというと、情報は与えているかもしれませんが、価値観をゆさぶるものではないからではないかと、このパネルをみていて感じたのでした。情報そのものに価値はないのです。

どんな風にマネタイズするか、どんな風に集客するか、といったことよりも、まず最初にどんな「価値」を提供して、どんな具合に人生によりよい影響を生み出せるのかに注目することが、長い目でみてよい結果を生み出すのだということをもう一度納得できました。

あなたは何か、周囲の人の人生をよりよくできる才能をもっていますか? それをブログであれ、iPhone アプリといった形であれ、ネットにそのまま置いてみませんか?

最初は不安かもしれません。なかには心ないことを言う人もいるかもしれません。しかしそれを置き続ける先に、驚くべき展開がまっているかもしれませんよ!

p.s.

ちなみに $100 Startup の日本語翻訳権はどうもすでに私のあずかり知らない会社が買い取ったらしく、すでに翻訳が進められているようです。

とても魅力的な本ですし、このメッセージをもっと日本にも広めたいのでお手伝いさせていただけるとうれしいなあ、などとここに書いておいたら何かが起きるかな。

WDS
堀 E. 正岳(Masatake E. Hori)
2011年アルファブロガー・アワード受賞。ScanSnapアンバサダー。ブログLifehacking.jp管理人。著書に「ライフハック大全」「知的生活の設計」「リストの魔法」(KADOKAWA)など多数。理学博士。