アップルのティム・クックCEOのプレゼンにスティーブ・ジョブズの面影をみる
先日の WWDC 基調講演は、昨年亡くなったスティーブ・ジョブズ氏にかわり、ティム・クック氏が名実ともに舵を切る最初のイベントとなったといっていいでしょう。
あれほどのプレゼンの名手から代替わりして、アップルがもつ魅力を維持できるのか、プレゼンがいきなりつまらなくなったりしないかと少しだけ心配でしたが、動画を二度ほどみて不思議なほどの安定感、安心感があることに気づきました。
ティム・クック氏のプレゼンはスティーブ・ジョブズ氏のプレゼンスタイルを踏襲し、一つのスタイルにまで高めていたのです。壇上の彼の身振り、歩き方、言葉の選び方、聴衆の誘い方、服装に至るまでが、ジョブズの模倣とまではいかないまでもオマージュを感じさせるものになっていました。
これはスティーブ・ジョブズはアップルの心であり、身体であり、これからもそのビジョンが会社を導くことをプレゼンからにじみ出していたといえそうです。### ティム・クック氏のプレゼンにおけるジョブズの面影
WWDC 後のMac Break Weekly で Aaron Hillegrass 氏が指摘していますが(動画では5分頃)、ティム・クック氏のプレゼンスタイルはまさにジョブズを彷彿とさせるものでした。
口調: ティム・クック氏の口調は何カ所かで測ったところ80ワード/分から100ワード/分ほどでした。プレゼンテーションでは遅め、つまり100ワード/分くらいが普通ですが、それに比べても少しゆっくり目で、ジョブズがよく用いた呼吸の「ため」を意識したペースそのものでした。
身振り: ティム・クック氏の身振りは限定的ですので、確定的なことはあまりいえません。しかし冒頭で、iOS の開発者たちがどのように世界を変えているかという動画を示す前、7分頃に(多分無意識に)ジョブズがよくとっていた「ナマステ」のポーズをとったとき「ああっ」と思った人は多いのではないでしょうか。あれはまさに、ジョブズが舞い降りているかのような瞬間でした。
服装: ティム・クック氏があの有名な黒いタートルネックを着ているわけではありませんが、黒いシャツに青いジーンズを履いている様子は(靴は違ったようですが)、ジョブズの相似形でした。プレゼンにおける色の選び方は非常に重要であることを考えると、これはわざわざそう選んでいると考えるのが適当でしょう。
言葉遣い: これは英語を聞くとわかりますが、“stunning Retina display”、“most advanced Mac we have ever built”、“amazing new features” といった言葉使いはジョブズが好んで使っていたものです。これらの言葉はほかの人でも使いそうですが、文脈や使う場所、自らの製品をどのような装飾語で飾り、仕様の詳細をぼかす際に使う言葉に至るまで、アップル内にはすでに分厚い用例辞書がありそうです。
そして最後に、感情に訴えるというスタイルも踏襲されています。冒頭における開発者にむけた動画、最後にアップルの哲学を語っているところ、両方ともにアップルのプラットホームを情緒的に紹介していますが、これもジョブズがよく用いたプレゼン上の手法です。もっとも、これはアップルという会社だからこそ使えるボタンという面もありますが…。
これはティム・クック氏がジョブズを模倣しているということなのかというと、そういうわけではないと思います。
あれほどまでに綿密な練習と脚本の上に作られたプレゼンは、すでにジョブズ自身のものというよりも、アップルのスタイル、方法論として外部化されていたと考えるのが適当でしょう。
また、ジョブズが療養中だったころ、自身は最初と最後に登場し、実際の製品はそれぞれの担当にプレゼンさせるというスタイルもすでに確立されていて、ティム・クック氏はそれを踏襲しています。
今回、ジョブズを彷彿とさせながらも少しずつ独自色を示したティム・クック氏の隠れたメッセージは、「スティーブ・ジョブズは私たちとともにある。そして彼のビジョンを取り込んで我々は先に進む」ということなのでしょう。このプレゼンからはその強い意志を感じました。
WWDC基調講演が始まる前、いくつかのウェブメディアがライブブログで次々とアップロードしている会場の写真、観衆が席に着こうとせわしくしている風景のなかに、私は一瞬ですがジョブズ氏の姿をみたように思いました。
その人影はくつろいだ様子で席について、にこやかにとなりの人と談笑しつつ、これから始まろうとしている基調講演を心ゆくまで楽しもうとしていました。その姿はすぐに次の写真にかきけされましたが、きっと幻ではなかったでしょう。