「私」を付け加えることが究極の知的アウトプットであることについて
「知的生活」は、本ばかり読んでなんだか「頭の良い」状態になることではありません。そもそも、クラウド時代には「知」そのものの意味が変わってきているのですから、それにあわせて「知的な生活」も変わらざるを得ません。
全てとはいえなくても、一人の人間が一生に消費しきれない情報がすでにウェブ上に存在している状態で、私たちがちょっとやそっと本を読むことで得られる「知識」に何の意味があるのでしょう?
Wikipediaにアクセスできれば、古今東西の知識を複数の言語に渡って引き出すことができるのに、あらためて何かを学ばないといけない理由はなんでしょう?
きっと答えは、それが「私の情報」「私の知識」であるという状態それ自体に意味があるからであって、「誰よりも知識がある」や「誰よりも本を読んでいる」ことそれ自体はもはや意味が薄れているのでしょう。
2012は、この「私の」という部分がさらに加速してゆく一年になるのではないかと、私は希望的にみています。その意味合いと、来年の知的生活のためにできる準備についてまとめておこうと思います。### Output = Input + 自分
私の本業は科学者で、それこそ客観的で論理的な作業ばかりをしていると見られることもありますが、存外、科学者の仕事は主観がすべてという面があります。
天気図一つとっても、「客観的事実」はありふれていてあまり示唆に富んでいません。むしろ主観的に「きっとこういう現象が背後にあるのでは?」と考え、それを他の研究者に納得のゆくように説明するプロセスが、科学者の仕事だったりします。なので、論文の査読などは主観と主観の厳しいぶつかり合いとなることもしばしばです。
ウェブで検索できる情報や Wikipediaの一見客観的な情報も、天気図同様ありふれていて、そこには何らかの「仕上げ」が加わらないとちょっとおもしろみが足りません。
それは「気になったので調べてみたらこんなことが理解できた」といった個人的なまとめだったり、ブログ記事であったりしますが、何らかの形で「自分」が介在していない限り、情報はただの情報で、作品やネタにはならないのです。
ブログを書く上で、私はこれを「Output = Input + 自分」という式として理解しています。Input は RSS やツイッターなどで耳にした情報です。そこに「自分はこう思った」「自分にはどう有用だった」という「自分」の要素を足してこそ、情報が作品化します。
情報へのアクセスに制限のあった昔なら、インプット の量に価値があり、「碩学」「博学」といった言葉はそうした インプットの量が多い人に用いられた傾向がありました。しかしGoogleの時代になって(検索クエリーさえ思いつけるなら)インプットは誰もが平等に手に入るようになったため、とても単純に考えると、付け加えるべき「自分」の部分でアウトプットの価値が変わるというわけです。
コンテンツを生み出すこと = クラウド時代の知的生活
最近、何度も視聴して何度も考えさせられているのが、Google Chrome の CM として制作されている動画のシリーズです。The web is what you make of it というこのシリーズは著名人や、アートのプロジェクトなど、さまざまな個人から集団がどのようにして Google サービスを使って物事を成し遂げているかというメッセージを伝えています。
この what you make of it という表現は、「あなたがかくあれかしと思ったもの」という意味があります。「こうするべき」、「ああするべき」という方法があるのではなくて、「こうあってほしい」という向き合いがコンテンツを生み出すということでもあるのでしょう。これが、まさにクラウド時代の知的生活なのではないかな、という気が最近しています。
文章を書ける人はブログを書く、写真や動画を撮れる人は映像で、音楽を作れる人は音で、絵を描ける人は絵で。ある人は個人として、ある人は大勢のプロジェクトのなかに身を投じるという形で、何かを生み出していきます。
ここで、また「私」が登場します。
誰か著名な作家や、思想家や、芸術家や、建築家がそれを作るのを待たずに、私たちは自己流でコンテンツを作ってネットにそれを流通できます。「私ならこうする」がそのまま流通する時代なのです。
なにか趣味にしていることがあるけれども、どこかで行き詰まった感じがする人。もう一歩これをクラウド時代の知的生活にまで踏み込んで実践してみたいという方は、ぜひ準備として**「自分の活動はネット上のどこにアウトプットされるか」**を意識してみてください。
そうして突き抜けたアウトプットを求めれば、自然に突き抜けたインプットををせざるを得ません。先日の「変になること」の記事で書いたことと似ていますが、突き抜けたインプット・アウトプットがあると、自分を、コンテンツを差別化しやすくなるのです。
知識や技量があるかではなく、アウトプットするコンテンツがあるかどうかが、まずは開始点になるというのが、このウェブのある新しい世界というわけです。
そこから先は、What you make of it. あなたがかくあれかしと願う方角が未来なのです。
オススメ本: やりとげる力
What you make of it を最も邪魔するのが、心のなかの「これでは十分ではない」「これでは人に笑われる」という声ですが、それこそが自分の心のなかにある壁、外の世界とつながることを阻む最大の障害です。
こうした障害を乗り越えるために書かれた本で、いつも私を叱咤してくれるのがスティーブン・プレスフィールドの「やりとげる力 」です。
ここに書かれているのは単なる技巧などではなく、やりとげるために心の中に育まなくてはいけない戦闘力についてです。どんな芸術家でも作品を出すのが怖い、それはなぜなのか? どうしたらその恐怖を乗り越えられるのか? そうした知恵が書かれています。
残念ながら一時的に絶版になっている可能性があるのですが、手に入るようでしたらぜひお読みいただければと思います。